嶋佐と前撮りのうそにっき

一軍女子をやっつけろ!

女の子の服装はとにかく褒めとけ

あやねちゃんは目つきが悪いので前髪はいつも長めにしている。だけど今回行った美容室では美容師さんに言葉巧みに前髪を短くすることを勧められて、そんであやねちゃんもバカだから褒められて悪い気しなくてその気になって思い切って前髪短くしてみよっかなとかそのときは思っちゃって、それが失敗。美容室だってアパレルショップだって、オシャレでセンス良くて自分に自信のある人がポジティブに良いと言ってくるものなんて、僕とかあやねちゃんとかみたいに別段オシャレでもなくてセンスも特になくて自分に自信があるわけでもない人間が、そのときのほんの一瞬のポジティブだけでいいかもってなっただけでしかなくて、普段は絶対ダメなやつだからだ。だから美容室に行った次の日、あやねちゃんはおもしろいことになっていた。眉上で揃えられた前髪で、とてもかわいらしく仕上がっていた。それを見るなり僕は爆笑しちゃってあやねちゃんは「もー。笑うなやー」って頬を赤く染めて前髪を隠しながら目つきの悪い眼差しで僕を睨みつけていて、もうその仕草かわいすぎるぞあやねちゃん!って僕は内心キュンキュンときめいていたけれど、そんなのはおくびにも出さなかった。

僕があやねちゃんのことを超絶かわいいと思っていて、あやねちゃんのことを大好きなことは、あやねちゃんには内緒なのだ。

僕はあやねちゃんとこうやって、お互い節度を持って距離感測ってつかず離れずな今の関係を保っていたいだけなのだ。

気持ちを伝えるのが怖いとか今の関係が壊れるのが嫌だから、そんなくだらんラブソング的な葛藤とかそんなんではない。

たしかに僕は心からあやねちゃんのことを超絶かわいいと思っているし、本当に大好きだけれど、

だからって、あやねちゃんと付き合いたいとかまったく思わないからだ。

恋愛対象としてはまったく興味がない。あやねちゃんの小柄な体格もふわふわの髪質もコンプレックスらしい目つきの悪さも全部含めてかわいいと思うが、見た目がタイプだからといって恋愛対象に入る訳ではない。と、こんな言い方をするとあやねちゃんが、見た目はいいけど中身がダメな女子なのでは?と思われそうなので先に誤解をといておくけれど、あやねちゃんは決して性格は悪くない。むしろいい方だと思う。尼崎の修羅とも呼ばれるこの僕がしょっちゅう一緒にいるのにブチ切れたことがないのだから、性格はいいだろう。

それならあやねちゃんの何が僕に恋愛感情を抱かせないのだろうか。

そんなん、簡単には言葉になんかできないのだ。

例えば、こないだあやねちゃん家でだらだらしてた昼下がり。だらだらするのにも飽きてきたしどこかに行こうかという雰囲気になって、そういえば僕心斎橋に用事があったんだと思い出して、それじゃあ心斎橋に行こうかとなったんだけれど、その直後あやねちゃんが発した言葉。それが僕に恋愛感情を抱かせないあやねちゃんっぷりなのだ。

「なんの服着てこかなー」

である。どうでもいいのだ。心底どうでもいいのだ。あやねちゃんが心斎橋にどんな服を来て行こうが、僕にはガチどうでもいいし心斎橋のみなさんだってどうでもいい。誰も興味ない、あやねちゃんの服装なんて。クソほどに興味ない。あやねちゃんの今日のコーデ。

と思うけど僕は何も言わない。何も言わないし、聞こえなかったふりをしてスルー。そこで、「おまえの服装なんかどうでもええねんブス」とか言っちゃったりしたらあやねちゃん泣いちゃうし、あやねちゃんブスじゃないしかわいいし。ただ、クラスの一軍の女子になら絶対言うけどね。ウザイし。あやねちゃんはウザくないけど。あやねちゃんが「なんの服着てこかなー」って言っても、どうでもいいし誰もカスほどに興味はないけど、ウザくはない。は?とはなったけど、女の子ってそういうもんだしね、と広い心で聞き流してあげるべきなのだ。それが男だから。

あやねちゃんの「なんの服着てこかなー」を無視して僕はスマホで心斎橋の用事のことを調べていたんだけれど、そうするとあやねちゃんはご機嫌そうに鼻歌をうたいながらクロゼットの中をゴソゴソしていて、僕は内心、ほんのちょっとだけ「鼻歌って」と思ったけれど、これに関しては僕が悪い。「なんの服着てこかなー」の直後だったので過敏になってしまっているだけで、別に鼻歌ぐらいうたったっていいのだ。ご機嫌なんだから。ご機嫌な人の鼻歌にやっかみを入れるほど僕の心は荒んでいない。僕はその下手くそな鼻歌も聞き流す。

そんであやねちゃんはクロゼットから服を選び抜いたらしく、そのあとタンスを開いて今度はインナーやらマフラーやらを選んでいる。どうでもいいのに。なんでもいいのに。着れたらいいのに。誰も興味ないのに選んでいる。そしてそれも終わるとそれらを抱えて部屋を出た。部屋に僕がいるからだ。別に見ないけど。興味ないのに。あやねちゃんの着替えに関してはだいたいの男の子は興味あるだろうけれど、僕個人としてはまったく興味がないのに。しかし「おまえの生着替えなんざ興味ないんじゃ平乳が!」とか言っちゃったらあやねちゃんがただでさえ小さい胸を痛めちゃうので言わないし、なんか、ほんとは見たいけどさらっと外に着替えに行かれちゃったから機嫌損ねたみたいに思われたら僕の自尊心が地に落ちるので黙っておいた。

少し経つとあやねちゃんが部屋に戻ってきた。着替えて。僕は少しだけ見上げて、あやねちゃんの服装を確認した。そのタイミングで確認しなければ不自然だからだ。デリカシーがないからだ。あやねちゃんの服装はそこらへんにいる女子の服装だった。僕はそれを確認して、またスマホに目を落としたが、2秒後にはあやねちゃんの服装がどんなだったかを忘れていた。それほどに興味も関心も取り立てるところもないような服装だったからだ。しかしあやねちゃんはその誰も興味も関心も抱かないどうでもいい服の着こなしを姿見の前でくりくり身体を左右に旋回しながらチェックしている。誰もチェックしないのに。誰もチェックしない服装をあやねちゃんだけが気にしてはチェックをしている。そしてあろうことか不服そうに口を尖らせた。自分が選んだ服装なのに。確認はしていないが、おそらくあやねちゃんが自分で買った服なはずなのに。自分が選んで自分で買った服を自分が着て不満なことなんてあるのだろうか?その服のデザインが気に入ったから買ったであろうはずなのに、なにが不満なのか。てゆうかそこに不満を見いだす前におまえのその貧しい乳にまず不満を抱けよとはさすがに言えない。てゆーかそんなこと思ってもない。思うはずがない。思ってはないけど、なんかちょっとそんなセリフが浮かんだだけ。売り言葉に買い言葉ってゆーか。

あやねちゃんは姿見の前で口を尖らせてとても小さい声でうーんって唸って首を傾げてそれが数秒続いたかと思うとパッと動き出してタンスを開いた。「え?」と僕は声に出してしまう。しまった、と思った。あやねちゃんがこちらを見た。目が合ってしまう。やばい。求められる。あやねちゃんの服装への感想を、求められてしまう。

「なんかなー、このアウターにこのマフラーって違くない?」って訊かれた。「え?そう?」と僕は答える。なぜなら、心斎橋に行くことが決まってもうすでに12分が経過しているからだ。もうそれでいいのだ。そのアウターにそのマフラーが違うかろうが違わなかろうがそれでもういい。なぜなら違っていたところでどうでもいいし違っていなかったとしてもどうでもいいからだ。違っていることと違っていないことに違いがないからだ。やばい、ゲシュタルトが崩壊しそうになってきちゃった。もうそれでいいから早くしてくれ。「それでいいやん」と僕は促す。「ちょっと待って。こっちのマフラー試してみるから」と言ってあやねちゃんは巻いているマフラーを外し、次のマフラーを巻いた。「ほら」とあやねちゃんは姿見を見ながら言う。おそらくこれは僕の返事を求めているのではないっぽいので僕は数回頷くだけで返事を済ませた。ほんとだぁ!そっちのほうが断然合ってるね!なんてゲロみたいなセリフ口が裂けても言いたくなかったからだ。

マフラーを巻き直して姿見の前でふりふり身体を振るあやねちゃん。そして思い出したかのようにパッと動き出してタンスを開いた。「え?」と僕は声に出してしまう。デジャブ?と思った。しかしデジャブではないのだ。なぜなら、さっきと今ではあやねちゃんのマフラーが違うからだ。誰にも気付かれない間違い探しだ。「どうしたん今度は」と僕はさすがに訊いてしまう。「なんかなー、このマフラーやったらこっちのタイツのほうがいいかなー思って。色合い的に」とあやねちゃんはタンスからタイツを取り出して僕に見せる。「どう?」どうでもいいわ。「えー。僕にはよぉわからん」「ちょっと待ってな」ってあやねちゃんは部屋の外に出ようとした。「え!ちょっと待って!」と僕はあやねちゃんを止めてしまう。

え?なんであやねちゃんはそのタイツに履き替えようとしだしたのだろう。僕はよくわからないって言っただけなのに。そしたらちょっと待ってと言われたのだ。待つか待たないかで言われたら、さっきからずっと待っているのだ。もうこれ以上待ちたくないのだ。別に心斎橋に行くのを急いでいるわけではない。だらだらするのも嫌いではない。ただ、無駄に待たされるのが物凄く嫌なのだ。無駄なのだこの時間。無駄なのだ、あやねちゃんのタイツの色の違い。

ああ、そうか。僕がタイツを見せられてよくわからないと言ったからか。つまりそれであやねちゃんは、「履いていないタイツでは色合いの違いがよくわからないから、履いて見せてあげよう」となったわけだ。知らんどうでもいいへドが出るわ。だがしかしこの意思疎通のずれは僕の言葉足らずが生んだものでもあるのでここは譲ろう。そのタイツを履かせて、それを褒めよう。そしたらもう終わる。だけどもう部屋を出てかなくていいよダルいからほんと。見ないから、部屋ん中で着替えてくれ。

「あやねちゃん。僕さ、あっち向いてるから、そこで着替えーや。わざわざあっち行くのめんどいやろ」と僕は提案した。「絶対見ぃひんから」

「えー。嶋佐さん、そんなん言いながら絶対見るからいやー。嶋佐さんのえろー」

あやねちゃんはそう言ってそそくさと部屋を出ていった。

殺すぞ。

ああもうダルい。ぶっちゃけもう心斎橋行きたくない。僕の用事とかもうどうでもいい。あやねちゃんのタイツの色合いぐらいどうでもいい。キャンドル・ジュンのピアスの数ぐらいどうでもいい。なんかもう死にたい。

てゆーかマジでなんなん?女の子って出かけるときなんでこーなんの?意味わからん。理解できん。決めておけばいいのに。このインナーにはこのアウターでこのジャケットでこのスカートでって、買う時に決めてたらいいのに。組み合わせ変えたいにしても、暇なときにでも組み合わせて決めておけばいいのに。どうせ暇やねんから。人のインスタのストーリーとか見てる暇あったら決めておけばいいのに。Twitterでバズってるどっかで聞いたことあるような名言風のツイートをRTしてる暇があったら決めておけばいいのに。まとめサイト見てていつの間にかまとめサイトサーフィンしてて気付けばあんまり興味ない記事のまとめとか見てる暇があったら決めておけばいいのに。

で、あやねちゃんが戻ってきた。さっきのタイツとの違いはない。断言する。ない。違いなどない。「どう?」とあやねちゃんが僕に訊いてきた。「あー、ええやん、そっちのほうが。いい。似合ってる」僕はあざとくない程度のテンションで褒めた。「せやんなー」ってあやねちゃんは今度はクロゼットに向かって、今着ているコートを脱いだ。

「え?どうしたん?」

「このマフラーとタイツやったらこのコートじゃないほうがいいかなと思って」

こんなんだから。

だから僕はあやねちゃんに恋愛感情を抱けないのだ。





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