恋に堕ちてメタモルフォーゼ
〝まっすぐ気持ちを伝えることを美化し過ぎ。楽なほうに逃げたいのはわかるけど〟
「おいコラ、佐々木」
3組の教室に行って佐々木を呼んだ。いちばん近くにいた男子生徒がビクッって過剰に反応していたが、教室の奥のほうにいた当の佐々木はアホ面でこっちを向いた。
「来い。呼び出しや」
「えー。なにー?」佐々木はスマホをいじりながらこっちに来た。「こわいねん、さっちゃん。みんなビビってるやん。なんでいつもそんなケンカ腰なん」
「呼び出しやって。体育館裏。行くぞ」
「え?マジにケンカ?古いってそういうの。令和やで?」
「ちゃうわアホ。おまえのこと好きやー言う子に頼まれてん。呼んできてくれー、って」
「告白?そんで体育館裏って、それはそれで古いと思うけど」佐々木はまだスマホをいじったままだ。「誰?どんな子?かわいい?おっぱいおっきい?」
「おまえは余計なこと喋んなよ。黙って告白されて、オッケーかダメかだけ応えりゃええねん」
佐々木に告白をしたいと言い出した子には一応忠告はしておいた。佐々木はやめといたほうがいいと思う、って。でもその子が気持ちを伝えたいというのだからしかたない。そして佐々木はアホだが悪い奴ではないってのも私にもなんとなくわかる。
体育館裏ですみやかに告白は行われた。そしてあっという間に、端的に、その子は佐々木に振られた。念を押して佐々木に余計なことを言うなと言っといてよかった。佐々木はすぐに余計なことを言うから、相手を無駄に傷つけかねない。
だけど佐々木はそんな私の心配を軽く笑った。
「もしかしてさっちゃん、俺のことアホやと思ってんの?」
下駄箱の脇のベンチに座って佐々木はそう訊いてきた。私は向かいに立ってパックのいちごミルクを飲んでいる。
「え。思ってるけど」
「ふーん。ま、どうでもいいけど」って佐々木はほんとにどうでもよさそうにスマホをいじる。「あ、いちごミルクひと口ちょうだいや」
「え。ふつうに嫌やけど。さすがに。パックで男女でそれはあんまなくない?私、ストローガシガシ噛むタイプやし」
「ちぇー」
「佐々木ってなんか変わってんなー。ムカつくこととかないのん?ストレスとか無縁そう」
「そんなわけないやん。ムカつくことなんかいっぱいあるよ」
「たとえば?」
「さっき告白されたやん。それとか」
「え?」
「あ、内緒な」
「え?あ、怒ってたん?嫌やった?なんかごめんな」
「いや、さっちゃんは頼まれただけやん。なんも悪ないし」
「そら面倒か、佐々木からしたら」
「いや、違う違う」
佐々木はそう言って、スマホをポケットにしまって顔を上げた。
一瞬、睨まれた気がして、ぞっとした。
けど見てみると佐々木は別にそんな表情でもなくて、佐々木はベンチから腰をあげて自販機でいちごミルクを買って飲み始めた。
「えっと、聞きたい?こういう話。あんま楽しー話題じゃないと思うけど」
と、佐々木は訊いてくる。確認をとる。いつもヘラヘラフラフラしてるササキの、いつもと違う空気。
私は応えるのに一瞬戸惑った。
けど、佐々木の話を聞きたい。
「…………」
「……」
「やっぱやーめた」
って言って、佐々木はいちごミルクを一気に飲み干した。私のはまだ半分ほど残っている。
「ま、別にさっちゃんにムカついたり、さっちゃんに怒ったりしてるわけじゃないからさ」佐々木の表情はいつも通りに戻っている。「俺、さっちゃんのこと好きやから、さっちゃんに対してあんまし楽しくない話したないねんなー」
佐々木はそう言って、私のいちごミルクを奪い取った。そして、躊躇なく、ガシガシされたストローに口をつける。
ちょっと、ショックだった。
胸がチクンと痛んだ。
あーー。
ほんの少しだけ、泣きたいかも。
私は佐々木の胸に軽く拳を叩き込んだ。
「ムカつくんはおまえじゃボケナスー。私がガシガシしたストロー舐めんなや変態ー」
「えへー」って佐々木は笑う。「さっちゃんは、かわいいなー。よちよち」
ショックだった。
佐々木のこと、わかってたつもりだったのに、全然わかってないし、教えてももらえない。
佐々木はきっと、私なんかよりずっと大人なのだ。
悔しいな。
「ちょっと口悪いし、すぐ暴力振るうし、おっぱいちっちゃいけど、そういうとこもかわいいよね」
「おまえほんまいつか泣かすからなー」
「さっちゃんの結婚式んときはこれでもかってくらい号泣するよ」
「結婚式は基本的に異性の友達呼ばんねん」
「じゃあ前日に父親殺して、父親の代理に出るわ」
「思考回路怖いねん。私の結婚式前日に私の父親殺して号泣ってどういう情緒やねん。私の晴れの舞台めちゃくちゃにしてくれるなよ」