嶋佐と前撮りのうそにっき

一軍女子をやっつけろ!

恋に堕ちてメタモルフォーゼ

〝まっすぐ気持ちを伝えることを美化し過ぎ。楽なほうに逃げたいのはわかるけど〟




「おいコラ、佐々木」

3組の教室に行って佐々木を呼んだ。いちばん近くにいた男子生徒がビクッって過剰に反応していたが、教室の奥のほうにいた当の佐々木はアホ面でこっちを向いた。

「来い。呼び出しや」

「えー。なにー?」佐々木はスマホをいじりながらこっちに来た。「こわいねん、さっちゃん。みんなビビってるやん。なんでいつもそんなケンカ腰なん」

「呼び出しやって。体育館裏。行くぞ」

「え?マジにケンカ?古いってそういうの。令和やで?」

「ちゃうわアホ。おまえのこと好きやー言う子に頼まれてん。呼んできてくれー、って」

「告白?そんで体育館裏って、それはそれで古いと思うけど」佐々木はまだスマホをいじったままだ。「誰?どんな子?かわいい?おっぱいおっきい?」

「おまえは余計なこと喋んなよ。黙って告白されて、オッケーかダメかだけ応えりゃええねん」




佐々木に告白をしたいと言い出した子には一応忠告はしておいた。佐々木はやめといたほうがいいと思う、って。でもその子が気持ちを伝えたいというのだからしかたない。そして佐々木はアホだが悪い奴ではないってのも私にもなんとなくわかる。

体育館裏ですみやかに告白は行われた。そしてあっという間に、端的に、その子は佐々木に振られた。念を押して佐々木に余計なことを言うなと言っといてよかった。佐々木はすぐに余計なことを言うから、相手を無駄に傷つけかねない。

だけど佐々木はそんな私の心配を軽く笑った。

「もしかしてさっちゃん、俺のことアホやと思ってんの?」

下駄箱の脇のベンチに座って佐々木はそう訊いてきた。私は向かいに立ってパックのいちごミルクを飲んでいる。

「え。思ってるけど」

「ふーん。ま、どうでもいいけど」って佐々木はほんとにどうでもよさそうにスマホをいじる。「あ、いちごミルクひと口ちょうだいや」

「え。ふつうに嫌やけど。さすがに。パックで男女でそれはあんまなくない?私、ストローガシガシ噛むタイプやし」

「ちぇー」

「佐々木ってなんか変わってんなー。ムカつくこととかないのん?ストレスとか無縁そう」

「そんなわけないやん。ムカつくことなんかいっぱいあるよ」

「たとえば?」

「さっき告白されたやん。それとか」

「え?」

「あ、内緒な」

「え?あ、怒ってたん?嫌やった?なんかごめんな」

「いや、さっちゃんは頼まれただけやん。なんも悪ないし」

「そら面倒か、佐々木からしたら」

「いや、違う違う」

佐々木はそう言って、スマホをポケットにしまって顔を上げた。

一瞬、睨まれた気がして、ぞっとした。

けど見てみると佐々木は別にそんな表情でもなくて、佐々木はベンチから腰をあげて自販機でいちごミルクを買って飲み始めた。

「えっと、聞きたい?こういう話。あんま楽しー話題じゃないと思うけど」

と、佐々木は訊いてくる。確認をとる。いつもヘラヘラフラフラしてるササキの、いつもと違う空気。

私は応えるのに一瞬戸惑った。

けど、佐々木の話を聞きたい。

「…………」

「……」

「やっぱやーめた」

って言って、佐々木はいちごミルクを一気に飲み干した。私のはまだ半分ほど残っている。

「ま、別にさっちゃんにムカついたり、さっちゃんに怒ったりしてるわけじゃないからさ」佐々木の表情はいつも通りに戻っている。「俺、さっちゃんのこと好きやから、さっちゃんに対してあんまし楽しくない話したないねんなー」

佐々木はそう言って、私のいちごミルクを奪い取った。そして、躊躇なく、ガシガシされたストローに口をつける。

ちょっと、ショックだった。

胸がチクンと痛んだ。

あーー。

ほんの少しだけ、泣きたいかも。

私は佐々木の胸に軽く拳を叩き込んだ。

「ムカつくんはおまえじゃボケナスー。私がガシガシしたストロー舐めんなや変態ー」

「えへー」って佐々木は笑う。「さっちゃんは、かわいいなー。よちよち」

ショックだった。

佐々木のこと、わかってたつもりだったのに、全然わかってないし、教えてももらえない。

佐々木はきっと、私なんかよりずっと大人なのだ。

悔しいな。

「ちょっと口悪いし、すぐ暴力振るうし、おっぱいちっちゃいけど、そういうとこもかわいいよね」

「おまえほんまいつか泣かすからなー」

「さっちゃんの結婚式んときはこれでもかってくらい号泣するよ」

「結婚式は基本的に異性の友達呼ばんねん」

「じゃあ前日に父親殺して、父親の代理に出るわ」

「思考回路怖いねん。私の結婚式前日に私の父親殺して号泣ってどういう情緒やねん。私の晴れの舞台めちゃくちゃにしてくれるなよ」






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出来ないことが出来るって最高だ(ヤカマシワ)


「……あれ?」

インターホンが鳴らない。何回押してもカチカチいうだけ。

「壊れてんのかな」しかたなくドアを叩く。「おーい。せんぱーい。いないんですかーってあれれ」ドアノブひねったらふつうに開いた。ので入る。「せんぱーい?入りますよー?って暑っ。何これ蒸し風呂みたい……って、何してんすか、先輩」

先輩はふつうに寝てた。汗だくで。私が近付いたら起きたようで、眉をしかめて私を睨む。

「あー。おー。木村か」

「あー。おー。じゃなくて。なんですかこの蒸し風呂状態の部屋は。あと、インターホン壊れてましたけど」

「あー、電気停まってん」

「はー?こんな真夏に?そんでこの温度?死にますよ」

「うん、マジで死ぬ。喉かわいた。なんか飲み物とってー」

「はい、んー。冷蔵庫開けますよーって、冷蔵庫の中くさっ。中身全部腐ってますよこれ」

「そりゃそうやろ」

「飲み物もないし。てゆーかおるだけで汗だくになるこの部屋。不快指数えぐー。つーかなんで窓すら開けてないんですか」

「俺、窓開けるの嫌いやねん。夜中に誰か入ってきそうやん。怖いやん」

「玄関の鍵開いてましたけど?」

私はとりあえずカーテンと窓を開ける。そこで部屋が明るくなって気がついたけど、部屋の中めっちゃ汚い。えー。とりあえず近くの自販機にジュース買いに行って、部屋に戻った。

「ダメですねー、この部屋。窓開けてても外よりふつうに暑い」

「痩せるぞこの部屋ー」先輩はスポーツドリンクを飲んで少し元気になっている。「電気代払わないダイエット」

「危険ですよこれ、ほんまに。もう座ってるだけで汗かいてきますもん。ほら」

「そうか。たしかにそれは危険かもな。こんな狭い部屋で、巨乳JKがどんどん汗だくになってブラ透けしていったらさすがの俺も我慢できるかどうか」

「それはほんまに危険ですね。てゆーか電気停まってんねやったらゲームできひんくないですか?」

「ほんまや。灯台もと暗しや」

「使い方違うと思いますけど」

「合ってる合ってる。ここは電気が停まってるから暗いけど、見上げれば灯台は明るいよってこと」

「は?」

「ここが暗いなら上に行けばいいやん」



「ん?佐々木くん?どうしたん?え?ゲーム?まあ、嫌いじゃないけど。まあ、こどものときは弟とかとやったりとか。最近はしてない……へー。おもしろそうやね。ん?へー。え?今?持って来たの?え?うちでするの?え?てゆーか汗くさっ。佐々木くんなんでそんなに汗だくなん?てゆーか隣のその女の子だれ!?え!?ちょ、待って、上がっていいとか言ってないし!」

て感じで先輩と私は、先輩の真上の部屋に入り込んだ。

「涼しい……」先輩はエアコンの前で気持ち良さそうに風を浴びる。

「そうですね、先輩。涼しい最高ですね。エアコンラブですね」私はバカなふりをして先輩に便乗する。

「え?めっちゃ令和やん。若い子のやることについて行かれへん私。今どきってふつうなん?強引に部屋入り込むの」

って目を丸くしてる女性はリエさん。私は初対面だ。リエさんは見た感じ、20代半ばくらいの社会人ってとこだ。小綺麗な身なりで部屋もかわいい。そんな女性の部屋に、いくら同じマンションに住んでて顔見知りだからといっても下の階の男がづかづか入ってくればそりゃあそんな顔にもなる。てゆーか警察呼ばれてもおかしくないだろけど、なんてゆーか、マジで、先輩の空気がそれをさせない。

あ、たまにいる、そういう人か。って納得せざるをえない空気。

そして流されてしまう。

今私がバカなふりをして初対面の人の家に上がり込んでいるように。

「どーゆーこと?佐々木くん?この巨乳ちゃんは誰?佐々木くんの彼女?」

「俺の高校時代の後輩です。安心してください。俺、今彼女いないんで」

「そこの心配してない。君のこと心配しようと思ったらもっともっと他にたくさんあるから」

「昔からよく言われます。なんか、ほっとけないんだよね、って。愛され上手なんですよね。末っ子キャラなんで」

「どうせこの巨乳ちゃんにも心配かけてんねやろ。後輩なんやろ?もっとしっかりせなあかんのちゃうん」

「しっかりしてますよー。てゆーかリエさんも、せっかくの休日やのに昼間っから家でだらだらって、もうちょいしっかりせないと」

「うるさ。めっちゃ無礼。人んち上がり込んどいて」

「なんか空気がピリピリしてるなー。もっと仲良くしましょうよ。ゲームしましょ、ゲーム。せっかくやねんから、みんな仲良くせないと」

先輩はそう言ってゲームをチャチャチャっとセッティングした。そんでゲームを起動した。

「おっしゃー。さて。みんなでAPEXしよー」

「.........。あ、APEXやったらネット繋がなあかんのちゃうん?password入れる?」

「あ、大丈夫です。元々俺んちでもリエさんとこのWiFi繋いでるんで」

「ふつうに犯罪やぞ。てゆーかいつの間にやねん」

「さてと。俺、まずは風呂入ってこよ。汗だくで気持ち悪いし。二人は先にゲームしとってー」

「は?」

「リエさん、お風呂借りますね」

「どこまでもやな、自分。ふつうにちょっと抵抗あるねんけど」

「俺、リエさんしか頼れる人いないんですよ」

「……。じゃあちょっと待ってて。洗面所とか片付けるし。洗濯物とか」

「あ、大丈夫です。リエさんの下着とか興味ないんで」

「……」

そう言って先輩はマジでお風呂に入りに行った。少しして、けっこうでかめの鼻歌が聞こえてきた。

私は初対面の女性と二人きり。

さすがにタイマンはきつい。失礼しまくった後だし。

「……木村さんやっけ?」とリエさんは重たそうに口を開いた。

「はい」

「あの子っていつもあんなんなん?」

「まあ、私の知る限りは」

「大変やね」

「まあ、悪意とか、害はないので」

「害はないかぁ。んー。そうやね。悪意もないかもね。なんか飲む?コーヒー?」

「あ、すいません。お言葉に甘えます」

「やっぱ木村さんはしっかりしてんのね。ふつうに」

「あ、すいません。ほんと、いろいろと」

「まあ、ええんよ。佐々木くんって、ほんま人徳あるっつーか、憎まれへんってゆーか、かわいいやん。あ、変な意味じゃなく。純粋に、羨ましいなー、って思う。社会人の私としては。あーなりたいとかでは全くないけど。あーゆう部分が自分に欠けてんねやろな、とは思う」

「あー。なんかわかります」

「木村さんは、かわいいやん。モテそうやけどな。佐々木くんに振り回されるのに付き合ってていいのん?」

「先輩と遊んでて大丈夫?とかは、よく言われますけど」

「言われるんや」

「けど、私、単純に、先輩よりやさしい人に会ったことないんですよね」

「へー。へえーー。ふーん。やっぱちゃうなぁー、佐々木くん。ふつう、そんなん人に言わされへんでなぁ。格が違うなぁ」

「先輩って、あんな風なんで。さっきの話とはちょっと違いますけど、ほっとかれへんってゆうか。ほっといたら何しでかすかわからんとかじゃなくて、ほっといたらどっか行ってしまいそうやから、ちゃんと繋がっときたいから、私が付きまとってる感じです」

「マジかー。聞いてるこっちが照れるわー」

「まあ、先輩、口では、そんな汗だくでブラ透け巨乳がおったら我慢できひん、とか言ってましたけど」

「そういや自分らなんでそんな汗だくなん?」

「先輩の家電気停まってるんですよ」

「は!?この時期に!?」

「やから、こういう流れになって。ご迷惑おかけしてます」

「あーもー。なんなんやろほんまに佐々木くんはもー。木村さん、明日なんか用事あんの?」

「いえ。日曜ですし」

「今日泊まっていきーや」

「え?それはさすがに」

「今こうしてる時点ですでにさすがにの範疇やで。佐々木くん家電気停まってんねやろー。さすがに、私と佐々木くんの二人きりはあかんやろー。佐々木くんがいくら無害でも、私のほうが有害になっちゃう恐れありやん。私、佐々木くんほどピュアちゃうもん」

「んー、まあ、はい。親に電話入れてみます」

「木村さん、ちょっとおっぱい触っていい?」

「え?ダメですけど。親に電話入れますよ?」

「そう。嫌やったらええねんけど。パジャマ、ジェラピケ着る?」

「え。やったー。何色ですか?」





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幸せの背景は不幸

私が悪いのか?

私がなんかしたのか?私はただただふつうに生きてただけだ。目立つことも嫌いだし明るく振る舞うのも嫌い。おとなしく、静かに、平和に暮らしたい。そういうのを周りの子たちは「もったいないよ」と言ったりするし、年上の人たちは「もっと子どもらしくしたらいいのに」と言って来たりするけど、正直笑える。

こういう無神経な人たちにはなりくはないな、と思う。

だけど私はそういうことも言わない。言って嫌われたくないとかではなくて、言ってあげない。反面教師にして、自分は人に気を遣えるようになれたらいいな、と思う。

けどそれでもむずかしい。

そう、人ってむずかしい。




「俺、木村のことすきなんやけど」

って告白された。当然、断った。その子のことは好きでもないし、とりあえず付き合ってどうこうとかもどうかと思うから。そしてほんの少し、体裁もある。学校という狭いコミュニティの中で、付き合うという付加は、目立ち過ぎる。私にとっては弊害になる。

「ごめんなさい。付き合うとかは、できなくて」

だから断った。

間違ってなかったと思う。相手の子を傷付けないようにしたつもりだった。でも、だめだった。生きている限り、誰一人傷付けない生き方なんてできないのかもしれない。




「木村が○○くんに告白されたらしいよ」
「××ちゃんって○○くんのこと好きやったのになー」
「××ちゃんかわいそー」

それ、私が悪いのか?

私がなんかしたのか?

どんな三段論法だ。三角関係か?どっちにしろ私を巻き込んでくれるな。えっと、マジで今回ばかりはお手上げかもしんない。別にいいけど、気にしなきゃいいんだろけど、心の奥のほうでは無視できない。

生きてるだけで敵意は降ってくる。

そういうもんかもしれないな。




「木村は悪くない」

って先輩は言ってくれた。

「え?やって、悪くないやろ?ふつうに。やからそんな顔せんときーやって。せっかくのかわいい顔が台無しやで」

先輩はのんきな顔で笑う。私のほうをあまり見ないで。先輩は私の情けない顔なんかよりも女子陸上部の練習を双眼鏡で覗き見ることに必死だ。

「じゃあ誰が悪いんですか?」私は訊く。「私やって私は悪くないと思う。じゃあ、私を好きになった○○くんが悪いの?○○くんを好きになった××くんが悪いの?それとも、そういうのをまとめて、私が悪いって言ってきた周りの子らが悪いの?」

「そんなもん、恋愛が悪いに決まってる」

先輩ははっきり言う。

「恋愛ってのはいちばんの悪やで。たいがい、人間関係引っかき回すのって、恋愛のことやん。とくに学校やったらそれで優劣ついたり。男やー、女やー、って、好きー、嫌いー、かっこいー、かわいー、きもいー、うざいー、って」

先輩は双眼鏡から目を離し、こちらを見る。

「そんなん、うざいやん?」

「…そんなん言っちゃっていいんですか」

「事実やからしゃーない。邪魔なもんからは距離置かなあかん。触らぬ神に祟りなしやで。こっち来んな!って。おまえなんとか遊んでやんねーよ!って。やから俺はこーやって、女の子を見てる。青春をスポーツに打ち込む姿。美しいね。まばゆいね。そこに恋愛感情はない。その姿勢が素晴らしく、情熱が美しい」

「後半はきもかったですけど、えっと、私どうすればいいんですかね?」

「ま、今はいいんちゃう?深く考えんで。みんなアホやからさー、相手しとったらキリないでな。今度誰かに告白されたら、俺と付き合ってるって言って断ったら?それやったらまだ納得いくんちゃう?」

「あ、それいいかもですね」

「え?えっと、嘘。やっぱごめん。やっぱなしで。まさか乗ってくると思わんかったから、あんま考えんと言っちゃった」

「え?今、私、ふられました?」






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東京の人は冷たい


「ふぉ。おお……ふぉおぉ」

って声が漏れるくらいのイケメンを見た。

興奮のあまり初潮を迎えるかと思った。

「え!ちょっと!あのイケメン誰なん!?」ってマユに訊く。「あー。あの子?誰やっけ。山本くんやっけ。さっちゃんが休んでる間に転入してきてん」「え?なんでそんなテンションなん!?あんなイケメンが転校してきたのに!もっとテンションあげへんの?」「あー、たしかにイケメンかもやけど、私、体育できるほうがタイプやから。あの子、ちょっと暗い感じやし、あんまり」

たしかに山本くんは小学生とは思えないほどの落ち着きっぷりだった。転校してきて間もないとは思えないほど落ち着き払い、きちんと着席して本を読んでいた。たしかに今までクラスにはいなかったタイプ。でも顔がちょーキレイ。暗い雰囲気なんかではなく、王子様のように見えた。

「私、山本くんと付き合う」

「え?そう?うん、がんばり」

それから私は山本くんを観察しまくった。たしかに、クラスのみんなは山本くんにあまり興味無さげだし、山本くんもクラスのみんなに興味なさそう。ほんとに小学生かよ、と思う。

でもステキ。そういう雰囲気も大好き。もう愛してる。私は山本くんと接触してみる。

「おはよー山本くーん。私、さっちゃんってゆーねんけどー。昨日までちょっと病気してて3日ぐらい休んでたんよー。山本くん、転校してきてんよね?どっから転校してきたの?」

山本くんは本から顔を上げて答える。

「……東京」

「うわー、東京?すごいなー。東京ってめっちゃ都会なんやろー?大阪とどっちが人多いー?」

「わかんないけど、そんなに変わらないんじゃない?」

「そうなーん?テレビとかで見てたら人うじゃうじゃやん。東京こわーって思うけどなー。尼崎にはもう慣れた?」

「慣れないよ。馴れ合うつもりもないよ」

「え?」

「ごめん、僕、方言って嫌いなんだよね。下品だし、イマイチ何言ってるかわかんないし」

「は?」

「そういう関西のノリもうっとうしいし。明るくフレンドリーに感がうざい。距離感詰めてくる感じダルい」

「へー。山本くんってイケメンだよねー」

「東京だと僕くらいが普通だよ」

「えー?じゃあ私なんかが東京行ったら大変なことなっちゃうやーん」

「ふっ。そうだろうね」

「死ね!!」

私は山本くんのきれいな顔面に拳を入れた。ふっ。ってなんだ。はじめての笑顔どこで見せてくれとんねん。

それが山本くんとの初邂逅。

それから殴り合いになって2人揃って先生に叱られて、それでも私は山本くんのことを許せなかった。あのクソ生意気なガキをどうしてくれようかと毎日考えた。どうしたら山本くんは私に惚れるのか。今のところ、全く脈がないどころか真逆の方向にある。

わからないことは先生に聞くのがいちばんだ。

放課後、職員室に相談に行った。

「せんせー。山本くんを私のこと好きにさせたいんですけど、どうしたらいいですかー?」

「小谷ー。おまえにはまだ早いー。諦めろー」

「せんせー真剣に聞いてくださいよぉー。思春期の生徒が恋愛に悩んでるんですよぉー」

「ガキが恋愛とかゆう言葉使うなー。おまえらの言う好きやら嫌いやらは、JKの言うエモいやら草生えると変わらんー。深く考えるなー。心配すなー」

「むむ。てゆうことは山本くん、私のことそんなに嫌いじゃないのかも?ころっと好きになっちゃうかも知れんのかも?」

「山本は諦めろー。マジでおまえのこと嫌いやって言うてたぞー」

「普通せんせーがそんなん暴露します?本人に」

「生徒が間違った道に進まんためやー。おまえのためやー」

「間違った道かー。せんせー、そんなんやからせんせー結婚できないんですよ。恋愛に間違いなんてないんですよ?人を好きになるってことに、正しいとか間違いとか、そんなんないんです」

「それっぽく綺麗事言うなー。あるぞー。恋愛ほど間違いだらけの科目はないぞー」

「反面教師ってやつっすか」

「人生のテストに出るからしっか覚えとけ」

なんでい。これだから教師ってのはダメなのだ。役に立たん。

私は教室に向かう。もうゆうやけこやけだ。さっさと帰って弟をいじめようかと考えながら教室に入ると、山本くんがいた。山本くんはちらりとこちらを見た。私は思わず一瞬睨んでしまったが、夕焼けを背負った山本くんの姿はやっぱりかっこよくてキレイで少し見とれた。

山本くんは黙ってランドセルをかつぎ教室の出入口に向かう。

「山本くん」と私は呼び止めた。

「何?」山本くんは振り返る。

「あの、バイバイ。また明日」

「んー」と言って山本くんは教室を出て行った。

んー。ですか。はい、そうですか。

私は一旦自分の席に座り、机に突っ伏して、山本くんの席をぼおっと見つめる。

ゆうやけこやけの教室はいつもと違ってセンチメンタルだ。

山本くん。

無理なんかなー。でもやっぱ好きだなー。

ぎゅ。ってなる。

んーーーー。

あー!!やべー!!ちゅーとかしたいぞー!うおー!なんか止まんねー!!






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期待に応えないということ


1

僕がさっちゃんと出会ったのは一年前の夏。先輩に呼び出されて盆踊りの出店の手伝いをさせられてそれが終わるとお小遣いをもらえたのはいいけどすでに他の出店ももう片付けてるし帰ろうとしたときにばっちり子ども達に捕まって結局子守りをさせられてしまって、あーもうこういうのが嫌だから来たくなかったのにって思いながらも僕はその道のプロなので猛獣使いのような見事なしつけで子どもたちを遊ばせる。子どもと遊ぶときに大切なのは子どもと同じ目線に立つことではなく、はっきりとした上下関係を認識させることにある。そうじゃないと、面倒だからだ。一緒に遊ぶと疲れるが、遊びを指示し監督するだけなら楽なのだ。これは、職場での教育でも同じだし、恋愛でも同様である。と思いながらベンチに座り子どもたちが走り回って遊んでいるのを眺めながら子ども達から奪ったアイスを頬張っていると隣に座ってきたのがさっちゃんだった。

「ライターあります?」

少し眠たげな眼差しで僕を見ながらそう訊いてきたさっちゃん。それからしばらく雑談をしてなんだか意外と打ち解けてこの子僕に気があんのかなって思ったからおっぱい揉んでバイバイした。

それだけのことだったんだけれど、それから少しの間、僕はたまにふとさっちゃんのことを思い出すことがあった。本名も知らないしどこに住んでんのかも知らないし連絡先も交換してないし何歳なのかもわからない。別に可愛かったわけでもないしおっぱいが大きかったわけでもない。だけど僕は思い出すのだ。祭りの後の夜の公園のざわめきも残るあのベンチで、二人で本当にたわいもない話をしたことを。それは僕の中で徐々にいい思い出へと変化してゆく。そのことに僕は気付いている。別にたいしたことはなかったはずだ。だけどこうやって何度も思い出すから、思い返してしまうから、思い出がどんどん美化されてしまっているのだ。そう理解していたけれど、それはそれでいい。そう、きっと、心地よかったのだ。暗さとか、空気のすずしさとか、周りのざわめきとかが。そういった情景のバランスとさっちゃんの平凡な顔面と平凡以下のおっぱいと眠たげな眼差しが見事な黄金比を奏でて僕を心地よくさせているのだろう。
って思って勝手に納得していたら二ヵ月後ほどに今度は近所の高校で会った。


2

知り合いに連れられて高校生の野球の練習試合を観に行ったら、校舎のほうから僕に手を振る女子高生がいてよく見てみるとさっちゃんで、僕は一瞬頭がパッカーンって開く。いえーい!条例アウトおめでとー!大人しくお縄につくように!マジ卍!アッチョンブリケ!ってひと通りパニクってから開いた頭を閉じて現実に戻り冷静になる。あの日のことはなかったことにしよう。別におっぱい触っただけだしセーフだし証拠もないし時効だし。下心とかなかったしね。つーかあんときあの子タバコ吸ってたしそれで今さらJKやとかいわれても!って思いながらさっちゃんと接触する。

「あれー?お兄さんって野球部のOBさんなんですか?」「そうやで。去年卒業したばっかやで」「絶対うそでしょ。二十歳は超えてるでしょ」「ほんまやし。なんで嘘つく必要あんの?」「私のおっぱい触ったし」「触ってないし」「うわ最低。なかったことにしようとしてるやん。大人こわー」「え?マジで何のことなん?ちょっと何言ってるかわかんない。今ちょっと眠いし。えっと、君、誰やっけ?」「さっちゃんです。盆踊りの日にお兄さんにおっぱい触られたさっちゃんです」「女の子があんまりおっぱいおっぱい言わんほうがいいと思うで」「お兄さんはあんまりJKのおっぱい触らんほうがいいですよ。同時に条例にも触れちゃうんで。くぷぷ」「え?めっちゃおもしろいやんその冗談。ちょーウケる。ギャグセンたけー」「いつまでとぼける気なんですか?」「うるさいなー自分。一回おっぱい触られたぐらいでガタガタぬかすなや」「マジ最低」
ってさっちゃんはケラケラ笑う。

それを見て僕は思う。
あー、そうそう、こんな笑い方する子だっけ。気の抜けた、眠たそうな笑い方。

「お兄さんお兄さん、お兄さんどうせ野球興味ないでしょ?ちょっとあっちのベンチで喋りましょうよ」「え?なに?誘ってんのん?やらし」「誘ってますよ。ベンチに座ることを。話したいこともありますし」「乱れてんなー、JK」「心配せんでも触らせませんて今日は。学校ですし」「自分もさすがに制服の子の乳は触らんわ」「今さら遅いですけどね」ってベンチに移動した。木陰のベンチだ。さっきまで直射日光に当たっていたせいで、ひんやり涼しいし、木陰がとても暗く感じる。僕はさっちゃんを見る。するとさっちゃんは僕以上に僕を見ていた。「お兄さんって、モテます?」「モテるよ」「なんかお兄さんって、めっちゃ嘘臭いですよね。言うこと全て」「そんなこと言われたことないし。正直、誠実、寛大が信条やから」「お兄さんって、ぶっちゃけ、そないかっこよくないですよね」「そんなこと眼前でぶっちゃけんな。泣くぞ」「なーんかねー。なんやろ。私ね、なんでか、お兄さんのことよく思い出してたんですよ」「え?なに?惚れたん?照れる」「......。いや、そんなんじゃ、ないとは思うんですけど。なんか、ふとしたときに思い出しちゃってて」「世界はそれを恋と呼ぶんだよ」「なんか、思い出を美化しちゃってんのかなー、とか思ってたんですけど、別にそうでもないんですよね」「思い出の中の自分もぶっちゃけそないかっこよくなかったん?」「はい。素材の味をそのまんま。そないです」「JKやったらSNOWぐらい使って記憶補正しろや」「きっと雰囲気とかが、心地よかったんでしょーね」「え?気持ちよかったって?」「そうそう、おっぱい触られて気持ちよかったのが忘れられなくて......って、こら」「なぜ今さらになってノリツッコミ。しかもへたくそ」「で、そこで考えたのがそのおっぱいの件です」「考えるな、感じろ、って名言知ってる?」

「お兄さん、あの日、なんで私のおっぱい触ったんですか?」

「その理由を説明するのには、かなり深い哲学を要するで」「簡潔にまとめると」「だって、男の子だもん」「私ね、たぶんね、あの日、おっぱい触られてなかったら、お兄さんのこと本気で好きになってましたよ」「それって告白?ふられてる?」「ふってます。別に、おっぱい触られること自体が嫌やった、とかではないですし、おっぱい触られたからお兄さんのこと嫌いになった、とかでもないんですけど、なんかね、おっぱい触られたことによって、台無しになっちゃったんですよね」「よく言われる。すぐおっぱい触っちゃう星人やから」「私、けっこうショックなんですよ?」「ごめんね」「おっぱい触ったことは、べつに謝らんでいいんですよ。今触られても、たぶん、ふつうに、お兄さんのこと嫌いにならないですし。ただ、あの日だけは違ったんですよ、きっと。あの日はお兄さんは、私のおっぱいを触るべきじゃなかったんですよ」「大人はねぇ、いつだって、JKの乳は触るべきではないねんで」「世の中って難しいですよね」「うん、世の中って世知辛い」「お兄さんって、ほんまに大人なんですか?」「大人やでー。大人代表、大人マンやで」「私も同年代ではけっこう大人なほうなんですけど」「その乳でよく言えたな」「お兄さんって、いつもそんな感じなんですか?」「普段は三枚目やけどいざという時には二枚目な紳士、ルパン的な感じ」


「お兄さんって、もしかして、私のことふってます?」


「さっきふってきたんはそっちやん」
「それはお兄さんがあの日おっぱい触ったせいです」
「やからごめんねって」
「わざとおっぱい触ったでしょ」
「わざとじゃないのにおっぱい触れるのはToLOVEるの世界だけやで」
「そうじゃなくて、あの日私のおっぱい触ることで、せっかくのあの日を台無しにして、私を本気にさせなかったでしょ、わざと」
すごいなぁ、と僕は思う。
こんなにも、ここまで感覚や考えが相似するなんて。
「だとしたらどうすんの?」
「だとしたら私、お兄さんに本気になっちゃいます」
「JKの告白とかもえー」

「お兄さん、大人なんでしょ。ルパンなんでしょ。ここは、ここだけは、二枚目になるところですよ。女の子の本気だけは、絶対に冗談で流しちゃダメですよ」

僕は鏡と話しているのだろうか。
わかってるんだけど。
わかってるんだけどねぇ。
わかってるけど、そっちだってそれだけわかってるんだったら、わかってよ。
僕は少し首を傾げさっちゃんを見る。
彼女の僕を見るいたいけな眼差しは、どんな宝石よりも美しいのではないかと思えるほどだ。
そしてルパンなら、そんな美しいお宝を盗み出さないはずがない。
僕はベンチの脇に咲いていた一輪の花を摘んで、さっちゃんにそっと差し出す。

「今はこれが精一杯」

さっちゃんはその小さな花を受け取って。

その花をやさしく見つめて。

3

それからあっという間に一年が経ち、僕はようやくちゃんと平凡な大人になった。マジ卍!とかチョベリバ!とか言わない普通の大人。JKのおっぱいも触らない堅実な大人。大人のお手本のような男である。標語にしたいくらい。ダメ、おっぱい。
だからそろそろ本音を言おうと思う。
盆踊りがあったあの日、僕とさっちゃんはきっと、ほんとはわかっていたのだろう。
お互いに惹かれあっていたことを、肌で感じてはいたのだろう。
盆踊りの夜なんて、ほんとはそんなに特別なことなんてなくて、たわいもない二人がたわいもない会話をしただけの夜だ。
暗さとか、空気のすずしさとか、周りのざわめきとか、そんな情景のバランスがよかったとか、そんなのも嘘だ。公園の中は電灯に照らされそこそこ明るかったし、お盆の時期なんか夜になっても蒸し暑いし、周りのざわめきはただの喧騒で耳障りでしかあるはずがない。
それらすべてのたわいもない情景を、たわいもない空間を、何度も何度も僕やさっちゃんが思い出してしまっていたのは、思い出が美化されてしまっていたのではなくて、その瞬間のそのときに美化して記憶していたからなのだ。
人を好きになると月がきれいに見えるように。
その情景を特別に見ていたのだ。
そして僕はルパンでもなんでもない。平凡な大人だし大泥棒でもないので、綺麗だからといって月を盗んだりもできやしない。
そしてなにより。

ルパンなら、どんなに美しいお宝を見捨ててでも、女の子を悲しませるようなことはしないのだ。

月は、夜空にぶら下がっているからこそ美しいのだから。





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人は見かけによらない


「あー。遠藤さん。こんにちはー」

って自転車漕ぎながら手を振りながら、みきちゃんはすれ違う僕に手を振ってくれた。

笑顔がとてもステキなみきちゃん。

夏の日射しがキラキラと、カルピスのCMのような爽やかさ。

僕も手を振ってそれに応えて、みきちゃんは相変わらずかわいーなぁー、って思う。

みきちゃんはまるで天使のようだ。髪の毛さらさらで、肌はまっしろで、笑ったときの口元は艶やかで。


ほんと、世の中って、だまし絵みたい。


誰が、あんなにかわいいみきちゃんの姿を見て、みきちゃんの本性を暴けるだろう。

僕とみきちゃんの初対面は中学のとき。みきちゃんは僕の一つ年下で、美術部で生徒会に入ってて、文化祭の準備期間の放課後で、僕とみきちゃんは出会った。そんで僕はみきちゃんに襲われかけたのだ。

もちろん僕のほうが力が強いので平気で拒めたので余裕で未然で済み大事にはなっていないのだが、衝撃だったのは、人並み以上に純粋で無知だった僕が、すんなり納得してしまったことだ。

なるほど、こういうこともあるのか、と。

美術部で生徒会に所属していてとてもかわいい後輩の女の子が、襲いかかってくることがあるのか、と。

そりゃそうか、と。

それは、人は見かけによらないということを知ると同時に、僕への、人を見かけで判断するなという叱咤のように思えた。



それから少し経って僕が卒業する直前に、みきちゃんと生徒会室で会ったことがある。

「遠藤さんはかわいいなぁー」

話をしていてそう言われた僕は少しムッとしたのかもしれない。ヘラヘラとするみきちゃんにさりげなく近付いて、みきちゃんのスカートをまくり上げた。

当然のようにみきちゃんはハーフパンツをはいていたのだけれど、さすがのみきちゃんも急にスカートをめくられるとは思わなかったようで、一瞬、かなり驚いた顔をしたが、すぐに僕を睨んだ。

「ショックやわ、遠藤さん。まさかそんなことしてくるとは」

「まあ、前のお返しみたいなもんやろ」

「いや、それは別にいいねんけど、嶋佐さんの行動すら予測できひんかった自分にショックよね」

そう言うとみきちゃんはスカートの中に手を入れる。そして僕の目の前でハーフパンツを脱ぎ、脱いだハーフパンツを綺麗に畳み、傍らの机の上にふわっと置いた。

大胆なことをしながらも視線を引く気品。こういう細かい所作のせいなんだろうな。僕がみきちゃんを憎めないのは。

美しいものには、騙されてもいいや、ってなっちゃうのかもしれない。

みきちゃんは勝ち気に笑みを浮かべて言う。

天使みたいな、だまし絵みたいな笑顔。

「遠藤さんがスカートめくってくるってわかってたら、ハーフパンツなんかはいてこんかったのに」

「ほんまかわいくないなぁ、自分」





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ラジオリスナーとの正しい恋愛のすすめ

1

女子校ってのはほんと下品でクソみたい。女の嫌な部分を校舎という箱の中に寄せ集めたみたいな場所だ。人の悪口が挨拶代わりで裏切り行為は朝飯前でむせ返るほどの化粧や香水の匂いでも誤魔化しきれない鉄臭さが鼻腔にこびり付く。あーもうこんなとこにいたら彼氏なんてできないしってゆーか人として終わっちゃうかもって半ば諦めてた頃、まあいつものようにそのときいたグループ内でその中の一人を些細なことでいちゃもんつけて絞めあげててなんでかそのとき虫の居所が悪かった私はそれが無性に意に沿わなさすぎてその先頭に立ってたリーダーっぽいノリのアヤカの頭を2回壁に叩きつけて腹に蹴り入れて一発だけ顔面に蹴りも入れてしまう。やっちゃった!って思ったときにはもう遅くてすごく変な空気になっちゃってみんなの引いた視線が私に突き刺さっていて、ああもうめんどくさいなってなった私はそのグループから逃げてそのグループよりも少しアホめ(チャラめでウザめで偏差値低め、ただし顔面偏差値高め)のグループに入ると、グループが違えば文化も違うらしくそのグループではなんと定期的に合コンの話などが舞い込んできていて、え!マジで!?こんな鉄分にまみれた生活からおさらばできんじゃん!?って思って合コン行ってウェイウェイして彼氏ゲットー!って期待したけど結局合コンに来る男側もアホめ(チャラめでウザめで偏差値低め、ただし顔面偏差値高め)なので私は口から泡を吹きそうになる。もう日本の将来終わってるよって思う。学園生活に楽しさ見いだせないし素敵な彼氏との桃色ライフも期待できないし日本の将来も危ぶまれるし、これはもう私勉強するしかないなって思って猛勉強に挑み、二年への進級のとき進学クラスに入ることに成功した。やればできる子。すると進学クラスの子たちはカシコめ(真面目で大人しくて偏差値高め、ただし顔面稲中卓球部)なので、無害。「不純異性交遊なんて汚らわしいですわ、ただし、美男子×美男子の性交遊は大好きです」みたいな奴ばっかで、まあ、現実に興味ないってゆーか他人に無関心って感じなのでドロドロした人間関係もないので楽っちゃ楽ではあった。私もそれに倣おう。人間、真面目に生きるのが大事だよ。そう思い私は生きていくことにした。ビバ勉強、ハレルヤ参考書、さよなら花のJK生活。

そう誓った私だったがJKの神様は私を見放してはくれなかった。それでいいの?JKはもう二度と帰ってこないんだよ?そう心配したJKの神様は私にそう言う。嘘。言ってない。JKの神様なんていない。てゆーかJKの神様って何。

JKの神様はいないけどロマンスの神様はいたようで、私は恋におちる。あっけなく、単純に、容易に。

真面目に勉強をするようになったため授業もきちんと出るようになり登校時間も一定となり乗る車両も決まったことが最大の原因。この時間のこの電車のこの車両のこの座席が私の指定席。そんなに混まない通学通勤電車ってのはそういう暗黙のルール的なのが出来上がってしまうものらしい。毎日毎日同じメンツが乗り込むしみんな自分の居場所を決めてそこで大人しく自分の時間を過ごす。自分のテリトリーに近い人間の顔など当然覚えているしどの席に座るかもわかっているしどの駅で乗り込んでどの駅で降りるのかもだいたい把握済み。たまにその人の席がイレギュラーな人物(通勤や通学ではなさそうな一見さん)に座られていたりしたときの、「うわ、座られてるし」って顔は見物である。あーあ、かわいそっ!とか思うけど、こないだである。私がその目にあったのだ。うわ!やられた!私の指定席なのに(違うけど)座られてるし!って動揺しちゃったけど動揺を晒すわけにもいかないし別の席に座ろうと思うけど、普段指定席以外に座ることがないから完全にテンパっちゃって指定席以外に座るときの席の選び方ってのがわからなくなって、あれ?どこに座ったらいいんだろ私、って何がなんだかわからなくなって慌てて周りをキョロキョロなんかしちゃったらいつものメンツと目が合ったりなんかして「うわ、あの子席座られてるし」的な目で見られたりしたから無性に恥ずかしくなっちゃって隣の車両に逃げ込んだ。うわーん!恥ずかしくってもう明日からあの車両には乗れないよ!って泣きそうになりながら隣の車両を通り過ぎてもひとつ向こうの車両まで移動し、ここならさっきの醜態が届いてないだろう、ふう、くわばらくわばら、って心を落ち着かせた私は適当な席に座った。そんでバレないように辺りを観察して、へえ、ここの車両にはこんな人たちが乗ってるのか。毎日一緒にガタンゴトンと移動してるはずなのに知らない人だらけだなぁとか思っていると隣の駅に着いて降りる人がいて乗り込んでくる人がいる。その乗り込んで来た人の中のその一人に彼はいた。

山のほうにある有名私立の制服を纏った男子。身長は170後半、そこまで痩せてはいないのだろうけれど身長の高さのせいでシュッとして見えた。清潔感のあるボブカットで、耳にはイヤホンをしてて、少しばかり目つきが悪い。だけど育ちの良さってゆうか理知的なのが溢れてんのか、威圧感は全くなくてクールな印象を匂わせてきた。

きゅぅーん。

彼を目にしたその瞬間、私の心臓がそう鳴いた。そしてあろうことか、彼は私のほうを見た。てゆうか私を見た。つーか視線がガチーンって合った。やだ!見られてる!けど私は固まっちゃって視線が離せない。心臓が五秒ほど収縮したまま動かなくなっちゃってきゅぅいーん!きゅいんきゅいんきゅいーん!って恋の確変に入ったのだ。その間1ミリも彼から視線が離せなかった。もう釘付け。もう彼の虜。いっそ下僕にされた感覚。一目惚れマジやばい死にそう死にそう。私の心臓、早く再起動しろっての!って私は全力を振り絞って頭を垂れて彼を視線から外すことに成功した。やっべー、死ぬとこだったー、って心臓が五秒ぶりぐらいに活動を再開してくれてバクバク脈打ってくれて、呼吸もできた。どうやら呼吸することも忘れていたらしく、ハアハアと荒く必死に酸素を取り込む。やだやだ恥ずかしいよ!電車の中でハアハア言うの恥ずかしいよう!さっきの彼に変に見られてないかな!変態JK電車内でハアハア言っててワロタwwwとかツイートされてないかな!って考えてたら身体があっつい。もうやだ死にたい!恋って死にたい!!もう二度と彼のこと見れない!もう私、一生顔上げらんない!って思ってたら、

「ちょっと、すいません」

って声をかけられて、顔を上げたらその彼だった。彼はイヤホンを外して私を見ていた。
「......はう。......はぅ。あ......、はうん」私は言葉を失くした。もういっそ殺してほしい。

「そこ、俺の席やから」

「へ」

彼は私の座っている席を指さしていた。テンパって言葉も話せなくなった私だけど、私が彼にとってお邪魔な存在なことは理解できた。そりゃそうだ。自分の指定席に見ず知らずの人が座ってたらどいてほしいよね。私もさっきそれされてチョベリバだったし。完全に私が悪い。

「あ、はい、ごめんなさい」

ようやく言語を取り戻した私は慌てて横にスライドして彼の席を空けてまた俯いた。うわー!私やっちゃったよ!よりによって彼の指定席に座っちゃうなんてどんだけ図々しい奴なんだよって思われちゃってるよ絶対!嫌われちゃったよ!もう死にたい!今日死にた過ぎ!

「あの」

彼がまた声をかけてくる。「はいっ?」と私は今度は顔を上げられない。

「もうちょっとあっちに行ってくれたほうが。こんな空いてんのにピッタリ並んで座りたくないし」

って言われて私は自分の位置を見る。さっき私が座ってた席に彼が座ったとしたらもうそれはただのカップルじゃないかあつかましいわ鼻血が出るわ。

「ごごごめんなさいっ」

って私は謝るが声が裏返ってしまった。慌てて遠くへ離れてそれからの記憶はあまりない。気がつけばもう学校にいて下駄箱の前で体育座りしていて一限目は始まっていた。

午後の授業中にようやく正常な意識を取り戻して、よくよく考えてみたら指定席とかねーし。わかるよ。そこ俺の指定席なのにって思う気持ちもわかるけど、違うし別に誰が座っててもいいはずだしふつうそれをわざわざ指摘しないしどいてもらわないし他の席に座ればいいだけだし別に私の隣の席に座ってくれてもいいし鼻血出るけど!

ってのが頭ん中をぐるぐるぐるぐる。

それが丸一日ずっと続いた。


それが私の初恋。
人生初の一目惚れである。


2

私の自慢すべき特性は寝れば嫌なことなど全て忘れてしまえることだ。

一目惚れの次の日の朝から毎日私はバッチリメイクのツヤツヤキューティクルヘヤーに仕上げてあの車両に乗り込んで彼の席の斜向かいの少し離れた席を指定席として毎日毎朝彼の顔を拝んだ。彼の乗り込む駅は私の一つ後で、降りる駅は二つ後(彼の学校の最寄りがそこ)なので、私が降りるまでの20数分は私タイムだ。バレないように彼を何度もチラ見しては体温を上昇させて胸をときめかせる。なんだろうこれ。何が楽しいんだろうと自分でも思う。けど楽しいし嬉しいのだ。ウキウキしちゃうしニヤニヤしちゃうのだ。おそらく彼は私のことなんて全く意識していないだろうけれど、むしろもしかすると「こないだ俺の指定席に図々しくも鎮座していたウザ女」って思われてるかもしんないけどそんなの気にしなーい。そんなん気にもしなーいだって私ちょーポジティブだもん。どう思われていたっていいんだもん。もし彼が私のことを嫌いだとしても、もう私に気がなくなっていたとしても(※注、もともと気はない)、私が彼を好きなのだ。好きが止まんないのだ。だからしかたなくて、もどかしくもとめどなくて、私が勝手に好きなだけだしそれでいいしそれだけで十分に幸せで、ひっそりこっそり一人で想っているだけなら罪もないでしょう?ああ、なんて切なくもいじらしくもけなげな私。私のこの一目惚れで始まった小さな小さな初恋は、誰にも知られることなく、私のこの胸の中でひそんだまま、いつかひっそりと終わりを遂げるのだろう。そして、やがて私はこの恋を終わらせて他の誰かを好きになるのだろう。その人と愛し合って愛を育んで愛を誓って一生を共に過ごすのだろう。だけど一つだけ確かなことがある。それでも私はこの一目惚れの初恋を忘れないのだろう。だって、この今のこの胸のときめきが、私に人に恋をする喜びを教えてくれたのだから。

とか西野カナ風ポエム生産ごっこはこのへんで終わらせよう。そんなん、一週間で飽きた。人に恋する喜び?片想いで十分幸せ?ひっそりと想うだけなら罪はない?は?くたばれや。反吐が出るわ。世の中の馬鹿共に真実ってのを教えてあげよう。恋愛ってのはぶつかり稽古なのだ。恋心ってのは奪い取るもんなのだ。奪ってやる。根こそぎ奪い尽くしてやる。奴(一目惚れの相手)のハートを鷲掴みしてロマンティックが止まらなくしてくれるわ。わはは。

そう決意した私。今日の髪型は清楚風を装ってポニーテールにしてみました。だって男子って結局ポニーテールが大好きだし。ポニーテールに目がないし。ポニーテールの女の子を四つんばい(お馬さんのカッコ)にさせて後ろから突いてそのポニーテールがまさにお馬さんの尻尾のように激しく揺れるのを上から見下ろすのが大大大好きなのだから。それが男の子なのだから。そんなことばっか考えてるじゃじゃ馬な私は完全に猫をかぶり清楚系女子になりきり清楚系女子っぽく電車の中で文庫本なんか開いてみたりする。しかも彼の向かいの席で。いつもは少し離れた斜向かいに座っている私が目の前の席で清楚系文学少女よろしく清楚にそしておしとやかに文庫本に視線を落としている様に、彼は幾度か私に視線を向けていた。ふふふ。気付いているよ。文庫本に集中しているように見せかけてアンテナはあんたにビンビン張り巡らしてるんだからね!そりゃあ気になるでしょう。そりゃあ気になることでしょうよ。こんな清楚系文学超絶美少女が目の前でポニーテールだったら気にせずにはいられないことでしょうよ!

あ、どうせならメガネもかけてきたらよかった。赤系の。知性を漂わせながらもどこか色気も孕ませるようなそんな赤いメガネを......とか後悔していると私が降りるべき駅を通り過ぎた。そんでそのまま電車に乗ってて二つ後の駅に着いて目の前の彼が腰を上げて電車から降りてそれについて行く私。ふふふ。清楚系文学超絶美少女ストーカーの爆誕。ではなく、彼がホームの階段を降りる前に私は彼を呼び止める。

「あの、ちょっと、すいません」かわいい声で。大人しめの、勇気を振り絞った感満載の声で。んで彼が振り返ってイヤホンを外して私を見る。クールな視線がたまんない。「あの、えっと、私、いつも同じ電車に乗ってて......」「知ってる。一週間くらい前、俺の席に座ってた人でしょ」「あっ、はいっ。......その節は、すいませんでした」「いいよ別に」って言って歩き出そうとする彼。いやいや、話まだだから。「やっ、それで、私、あのですね、あなたのこと、一目惚れしちゃって」どうだ西野カナ世代よ。告白とはこうするものなのだ。LINEでもTwitterでもなく面前で。恥じらいながらも的確に。それが男の子のツボなのだ。ほら彼も面喰らって少し戸惑っている。そしてゆっくり口を開く。「あ......そう......ごめん、訂正するわ。あんた、一週間くらい前、俺の指定席に図々しくも鎮座してた空気の読まれへんウザ女やろ?」

一瞬時が止まったかと思った。

「は?」「なんかハアハア鼻息荒くしてさ。何ぶち込んで電車に乗って楽しんでんのか知らんけどさ、人の指定席でそういう変態プレイすんの、やめたほうがいいと思うで。あと、人から声かけられて、はう、はう、はうん、って訳のわからんキモい返事すんのもやめたほうがいいし。そんで、人が降りる駅まで着いてくんなやストーカーか怖いねん告白なんかされても受け入れる訳ないやん察せや空気読めよ」「清楚パンチ!」

なんだこのサイコ野郎。

思わず手が出ちゃったよ。

私の清楚パンチは彼の左頬にヒットした。けど彼はたいして動じない。このサイコ野郎め。「痛いな」って私を睨む。私も彼を睨む。「付き合えや!」「え?まだ告白してくるん?マジで?」「今さらあとに引けるわけないやろ!」「告白ってそういうもんちゃうやろ」「恋愛ってそういうもんやねん!あとに引かれへんねん!好きになってんからしゃあないやろ!付き合えや!」「............」彼は黙って私を睨む。私も彼を睨む。が、なんかだんだん悲しくなってきて、泣きそうになってきて、泣いてしまう。

それでも私は彼を睨む。彼は私を睨む視線を逸らし、一旦周りを見てからため息をついた。

「え?なんなんこれ。めっちゃアンフェアやん。ずるない?」「あんたがずるいんやろ!こんだけ人に好きにさせといてそんな言い方ないやろ!」「あんま叫ぶな誤解が生まれるから」って彼は私の手を握る。きゃん。そんで私の手を引いてベンチまで連れてって私を座らせて手が離れて彼も隣に座る。私はもう手を繋いだ嬉しさで涙も止まってたけど、泣きは継続させた。彼は絶望的に肩を落として言う。

「すごいな自分。めっちゃ迷惑やん。スーパーウザ女やな」「泣き喚くぞこら」「え?マジでなんなん?なんで俺のこと好きなん」「一目惚れやん」「それだけでこの仕打ちって、ただの当たり屋やん」「付き合ってーよ」「嫌やけど」「なんでなん」「こんなんやからちゃうん?ウザいめんどい迷惑極まりないやってられへん関わりたくない」「これはあんたのせいやんか。こんなつもりじゃなかったのに。付き合ったらこんなんちゃうやん。付き合ったら私なんかただの清楚系文学超絶美少女やん」「ふふっ」って彼は急に吹き出した。え。なにそれ。不意打ちの笑顔、めちゃんこかわいいぞ。「え?なんで笑ったん?」「いや、別に」「言ってーよ」「いや、さっきセイソパンチっつってたやん。セイソパンチってなんやろって思っててん。あー、清楚パンチね、って。一応ツッコミ入れとこか?自分清楚程遠いで」「またお見舞いしたろか清楚パンチ」「清楚系はパンチせんねん」彼はそう言って笑って背もたれに体を預けて足を組み直した。

あれ?

これってなんか、いい感じじゃね?

3

次の日私は彼の指定席の隣を陣取った。そんで次の駅で彼が乗り込んで来て私はステキな笑顔で彼に手を振る。彼は一瞬だけ眉をひそめたが視線を逸らし私の前を通り過ぎ離れた席に座って足を組んで俯いて自分の世界に入った。ちょいちょいちょい。そういうスカシはいらないからクーデレな奴めー。って私は彼の隣に移動して声をかける。

「おはよー」「朝からウザいねん当たり屋女」って私を見ずに彼は言う。ちょー冷てー!「なんでそんな冷たくすんのん?昨日はあんなにいい感じでバイバイしたやん」「昨日は昨日、今日は今日」「昨日はあんなに優しかったのに!1回寝たらもう次の日には他人扱いなん!?」「おまえわざと誤解招くように言ってるやろ」とようやく彼はイヤホンを外してくれた。「じゃあ冷たくせんとって」「じゃあ普通に喋れ」「今度デートがしたいです」「無理」「電車のこの時間だけしか会われへんとやいややもん。もっと会いたいもっと一緒にいたい」「無理」「そんなんやったら付き合ってるって言わんやん。付き合ってる意味なくない?」「付き合うって言ってないやん。付き合うわけないやんとは言ったけど」「がびーん」「そういうのウザいで」「そんなに私のこと嫌いなん?」「嫌いやで」「なんで?」「ウザいから」「ウザくなくなったら好きになる?」「ウザくなくなったら嫌いじゃなくなる」「どうしたらウザくない?」「黙って本読んどけやエセ文学少女」「清楚系文学超絶美少女な」

って訂正を入れて私は諦めて大人しく文庫本を開く。ちくそう。なかなか上手くいかないもんだな。まあたしかに電車ん中でゴチャゴチャイチャイチャすんのは私も嫌だし。でもこっからどうすりゃいいんだろ。やっぱデートはいるだろ。デートしないと進展しない。んー。でもこいつ、押したら押したぶんだけ引きやがるからなー。難しい奴やでほんまー。でもなー、なんか感触的には悪くないと思うんだけどなー。そんなに嫌われてる感ないんだけどなー。って思って彼をちらりと見る。何もしてない。イヤホンで何か聴いてるけど、表情がいつもよりほんの少しだけ柔らかいような気がする。えっ、かっこいい。近くで見るとよりステキ。てゆーかよく考えたらふつうに隣に座ることは許してくれてんじゃん。なんだよこいつほんとは私のこと嫌いじゃないんじゃね?えー、やばーい、照れるー。ってなんだか恥ずかしくなってきたので私は文庫本に集中することにした。え、なんだろうこの感じ。すごくよくないかこの感じ。電車で一緒に登校して隣同士に座ってガタンゴトン。イチャつくでもなくただただ同じ時間を過ごす、ってほんとはとてもステキなことじゃないか?これって傍から見たらすんげー理想的なカップルなんじゃないか?ってんなこと考えてたらなんかもう恥ずかしいよ!ってなってなんか顔が熱くなってきて少し目が潤んできた。やばいやばい恥ずかしい。なんかときめき止まんない。どうしよ苦しい助けてよーって私はこっそりゆっくり彼との距離を詰める。文庫本を持つ私の肘とポケットに手を突っ込んでいる彼の腕とが触れたけど、彼は無視だった。つまり逃げなかった。触れたまま、そのまま。私はきゅん。なんか泣きそうにすらなってきたので私は肘を動かし彼をつつく。彼はやっとこっちを見て、少し驚いたような顔をしてから困ったように口元をゆるめ、さっきより少し深く座り直した。それに乗じて私は彼との距離をさらに詰めた。私の腕と彼の腕が触れる距離になった。周りにバレないように少しだけ体重を預けてみる。彼は動かなかった。びっくりする。預けた体重といっしょに持っていかれたのか苦しさもなくなってしまった。とても幸せな心地だ。これは困ったことだ。私は私で思っていたよりも深刻に、彼のことを好きらしい。こんなクーデレサイコ野郎なのに。とても難しいしとても困ったことのはずなのに、最高に幸せなことな気がして止まないのだ。


4

てゆーかLINE交換してやりとりしたら早いんじゃね?って何度も思った。学校にいるときとか夜寝る前とか、明日も彼の隣に座るってことを考えるとニヤニヤニチャニチャ笑みが溢れてもどかしくなる気持ちを彼に伝えたいけど私はそれを我慢してLINEの交換の話は持ち出していない。それはなんか違う気がする。私は彼と付き合いたいけどなんかそれは違うのだ。だって、別にやりとりしなくても彼に会えるし彼の隣に座れるしそれが嬉しすぎて幸せ過ぎてそんときに会話を交わすことすらもったいないとすら思うのだ。どうせ私なんか口を開けば調子に乗ってウザいことしか言っちゃわないし彼はそれを嫌がるし私だってそんなのは嫌なのだ。彼の隣にいると自分が冗談ではなくほんとに清楚系になれてる気がしてくるのだ。それがとても心地よいのだ。彼の隣はとても幸せなのだ。

でもだからって会話もないんじゃこっから先に進めないんだって!なんつったって私、彼の名前すら知らねーし!

「ねえ」と私は彼に声をかけた。彼はふつうにイヤホンを外して「なに?」と応える。「今度デートしようよう。お願い」二週間ぶりのデートのお誘いである。彼はふつうに答える。「いいよ」超予想外の返事。「え?いいの?」「いいよ」「え?なんで?」「なんなん?断って欲しかったん?」「欲しくないけど!断られたら泣いてたけど!いいの?」「いいよって」「なんで?」「最近ウザくないし」って彼は私を見て微笑む。えー!なにこいつちょー天使じゃん!神様、私、もうウザくならない!私もう一生清楚系で生きてく!

そんで次の土曜にデートの約束をして待ち合わせはいつも通り電車の中になった。時間は昼前からだけど、休みの日に神戸へデートなのだ。こんなに楽しみな日は他にないぜ!って私はめいっぱいおめかしして精一杯清楚系になった。インナーは白にしてお気に入りのスカートにした。ただスカートが膝上で初デートにしてはちょっと気合い入れすぎって引かれてもアレなのでロングブーツで露出を抑えた。ブーツとアウターを秋色にするとただの清楚系文学超絶美少女が完成したので髪型はおだんごにしてみた。赤系のメガネは合わなかったのでやめておいた。

さて彼が乗り込んでくる駅に着いた。プシューってドアが開いて彼が乗り込んでくる。

おそらく彼だった。

信じたくはないけど彼だった。

彼はデニムにTシャツという激ラフな格好で降臨した。

それだけならまだ許す。もちろんそれぐらいなら全然許しますとも。しかし、その黒のTシャツの胸元に堂々と書かれた「幸福洗脳」の文字は許せない。初デートでのそのTシャツのチョイスの許しかたを私は知らない。てゆーかそんなTシャツの存在すら許せない。つーかそんな四字熟語存在しないしてはいけない。なんだそのTシャツ!怖いよ!そんなん着てる奴近づきたくないよ!サイコだよ!超絶サイコだよ!

って一瞬で頭ん中がぐるぐるんなって思い出す。ああ、最近の天使っぷりで忘れてたけど、こいつもともとサイコ野郎だったっけ。電車で「そこ俺の席だからどいて」とか言える奴だし、告白されて「キモいウザいストーカー空気読め」とか言えちゃう奴だった。

ほんとは天使なのに。

最近は超絶天使だったのに。

「おはよう」はじめて彼から挨拶をしてくれた。それが今日じゃなかったらどんなに嬉しいことだっただろうか。今日その初めての挨拶をかけてきてくれたことがとてつもない嫌がらせにしか感じられない。「......おはようちゃうから」私は怒りを堪えながら声を絞り出して恐る恐る彼に近付いて、俯きながら彼のそのTシャツの胸元にある憎き四文字を握り潰す。隠すために。周囲の視線から逃れるために。「ちょ、ちょっと......恥ずかしいって......電車ん中やから」恥ずかしいのはおまえだ。おまえの胸元の幸福洗脳だ。何勘違いしてんだこの幸福野郎。

神戸に着いてからはまず説教だ。別に帰ってもよかったのだ私は。これは帰ってもいい案件なのだ。もはや事件だ。初デートで幸福洗脳Tシャツを着てくるなんて。でも私は彼が好きなのだ。だからTシャツさえ脱ぎ捨ててくれればもう上半身裸のほうがマシだとすら思える。このTシャツを今すぐ脱ぎ捨てて燃やした灰を神社で供養してもらってからバミューダトライアングルの海に撒いてこの地球からこの世から存在を抹消しなければならない。それなのに彼はTシャツを脱ぎ捨てて燃やすことを拒んだ。なんでと聞くとこのTシャツは一万円したのだと言う。私はさらに怖くなる。そのTシャツの存在も、それを買った彼も。私は彼に三万円渡してでもTシャツを脱いでほしいというのに。それでも彼は嫌だという。なんだそのTシャツは呪いでもかけられてんのか。教会に行かないと脱ぐことができないのか。三万円も渡せば女子高生だって脱がせることができるだろうに。

「とりあえずマジで着替えようマジで。燃やさんでいいから。服買ってあげるから。好きなの選んでいいから。そのTシャツでさえなければそれだけで全てが解決するからマジで。それだけで平和な一日が戻ってきてこの世の全ての人々が幸せになれるからマジで」私は懇願した。これだけ言っても通じなかったら女子高生史上初繁華街路上公開土下座に挑む覚悟すらあったが彼はようやく要求に応じてくれた。とにかく最寄りのショップで替えを買ってカフェに行ってまた説教。「信じられへん。私こんだけいろいろ考えておしゃれして来てるねんで?」「うん、かわいいやんその格好」嬉しいけど嬉しくねーよあんなTシャツで神戸歩けるやつに褒められても。「マジでその呪いのTシャツはもう二度と着るのやめて。お願い。好きやから。私を嫌いにさせんとって」「なんで?かっこいいやんこれ」と言って彼はさっきの店で着替えてTシャツを入れてもらった袋からTシャツを出そうとした。呪いのTシャツを。殺すぞ。「やめてここで出さんといて」「ちゃうねん聞いてや。このTシャツな、ラジオでさ」「ラジオ?」「うん、ラジオ」「ラジオって、あのラジオ?テレビの映像ないやつ?」「ラジオとテレビは別もんやで」「ラジオって今でもやってんの?あんなん戦時中だけやろやってたん」「今でもバリバリやってるわ。俺いつも聴いてるやん」「あーかーいーりんーごーにーくちびーるよーせーてーってやつやろ?」「想像してるラジオが古すぎるねん」「ポケベルのサービスも終了したこの時代に?Windows7のサポートも終わったこの時代に?令和になって若者のテレビ離れが叫ばれてるこの時代に?」「やってるって。なんやったら今ラジオめちゃくちゃアツいから。そんでちょっと前オリラジのあっちゃんがラジオやっててさ。そのラジオの企画っつーか、挑戦っつーか、実験みたいな感じでTシャツ作って販売しててん」「で、それ買ったん?一万円出して?アホちゃう」「アホとかじゃないねんて。アツさやから」「ほんまに洗脳やん。ラジオの電波で頭デンパなってんちゃうん。そんなんマジでいらんもん。マジで憎いもんそのTシャツ。そのラジオすら憎い」「1回聴いてみーや。おもろいで、ラジオ」「聴かんわ」

そんなこんなで一週間後の二回目のデートの日。私は購入したての幸福洗脳Tシャツを着て電車に乗り、幸福洗脳Tシャツを着た彼と合流した。ペアルックなんて初めてなのでちょっぴり恥ずかしいけれど、カップルだったらふつうだしね。幸福洗脳Tシャツと出会ってから私の人生は一変したのだ。幸福洗脳Tシャツを着ていると信号にあまり引っかからなくなったし、蚊に刺されやすい体質だったのがあまり刺されなくなったし、ししとうの辛いやつに当たる確率もけっこう減った。どれもこれも幸福洗脳Tシャツのおかげなのだ。幸福洗脳万歳ナリ。もけけ、もけけ、もけもけけ。もけもけももけ、もけもっけもっけもっけもっけもけ。もけもけもっけもコウフクセンノウ。




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