嶋佐と前撮りのうそにっき

一軍女子をやっつけろ!

ラジオリスナーとの正しい恋愛のすすめ

1

女子校ってのはほんと下品でクソみたい。女の嫌な部分を校舎という箱の中に寄せ集めたみたいな場所だ。人の悪口が挨拶代わりで裏切り行為は朝飯前でむせ返るほどの化粧や香水の匂いでも誤魔化しきれない鉄臭さが鼻腔にこびり付く。あーもうこんなとこにいたら彼氏なんてできないしってゆーか人として終わっちゃうかもって半ば諦めてた頃、まあいつものようにそのときいたグループ内でその中の一人を些細なことでいちゃもんつけて絞めあげててなんでかそのとき虫の居所が悪かった私はそれが無性に意に沿わなさすぎてその先頭に立ってたリーダーっぽいノリのアヤカの頭を2回壁に叩きつけて腹に蹴り入れて一発だけ顔面に蹴りも入れてしまう。やっちゃった!って思ったときにはもう遅くてすごく変な空気になっちゃってみんなの引いた視線が私に突き刺さっていて、ああもうめんどくさいなってなった私はそのグループから逃げてそのグループよりも少しアホめ(チャラめでウザめで偏差値低め、ただし顔面偏差値高め)のグループに入ると、グループが違えば文化も違うらしくそのグループではなんと定期的に合コンの話などが舞い込んできていて、え!マジで!?こんな鉄分にまみれた生活からおさらばできんじゃん!?って思って合コン行ってウェイウェイして彼氏ゲットー!って期待したけど結局合コンに来る男側もアホめ(チャラめでウザめで偏差値低め、ただし顔面偏差値高め)なので私は口から泡を吹きそうになる。もう日本の将来終わってるよって思う。学園生活に楽しさ見いだせないし素敵な彼氏との桃色ライフも期待できないし日本の将来も危ぶまれるし、これはもう私勉強するしかないなって思って猛勉強に挑み、二年への進級のとき進学クラスに入ることに成功した。やればできる子。すると進学クラスの子たちはカシコめ(真面目で大人しくて偏差値高め、ただし顔面稲中卓球部)なので、無害。「不純異性交遊なんて汚らわしいですわ、ただし、美男子×美男子の性交遊は大好きです」みたいな奴ばっかで、まあ、現実に興味ないってゆーか他人に無関心って感じなのでドロドロした人間関係もないので楽っちゃ楽ではあった。私もそれに倣おう。人間、真面目に生きるのが大事だよ。そう思い私は生きていくことにした。ビバ勉強、ハレルヤ参考書、さよなら花のJK生活。

そう誓った私だったがJKの神様は私を見放してはくれなかった。それでいいの?JKはもう二度と帰ってこないんだよ?そう心配したJKの神様は私にそう言う。嘘。言ってない。JKの神様なんていない。てゆーかJKの神様って何。

JKの神様はいないけどロマンスの神様はいたようで、私は恋におちる。あっけなく、単純に、容易に。

真面目に勉強をするようになったため授業もきちんと出るようになり登校時間も一定となり乗る車両も決まったことが最大の原因。この時間のこの電車のこの車両のこの座席が私の指定席。そんなに混まない通学通勤電車ってのはそういう暗黙のルール的なのが出来上がってしまうものらしい。毎日毎日同じメンツが乗り込むしみんな自分の居場所を決めてそこで大人しく自分の時間を過ごす。自分のテリトリーに近い人間の顔など当然覚えているしどの席に座るかもわかっているしどの駅で乗り込んでどの駅で降りるのかもだいたい把握済み。たまにその人の席がイレギュラーな人物(通勤や通学ではなさそうな一見さん)に座られていたりしたときの、「うわ、座られてるし」って顔は見物である。あーあ、かわいそっ!とか思うけど、こないだである。私がその目にあったのだ。うわ!やられた!私の指定席なのに(違うけど)座られてるし!って動揺しちゃったけど動揺を晒すわけにもいかないし別の席に座ろうと思うけど、普段指定席以外に座ることがないから完全にテンパっちゃって指定席以外に座るときの席の選び方ってのがわからなくなって、あれ?どこに座ったらいいんだろ私、って何がなんだかわからなくなって慌てて周りをキョロキョロなんかしちゃったらいつものメンツと目が合ったりなんかして「うわ、あの子席座られてるし」的な目で見られたりしたから無性に恥ずかしくなっちゃって隣の車両に逃げ込んだ。うわーん!恥ずかしくってもう明日からあの車両には乗れないよ!って泣きそうになりながら隣の車両を通り過ぎてもひとつ向こうの車両まで移動し、ここならさっきの醜態が届いてないだろう、ふう、くわばらくわばら、って心を落ち着かせた私は適当な席に座った。そんでバレないように辺りを観察して、へえ、ここの車両にはこんな人たちが乗ってるのか。毎日一緒にガタンゴトンと移動してるはずなのに知らない人だらけだなぁとか思っていると隣の駅に着いて降りる人がいて乗り込んでくる人がいる。その乗り込んで来た人の中のその一人に彼はいた。

山のほうにある有名私立の制服を纏った男子。身長は170後半、そこまで痩せてはいないのだろうけれど身長の高さのせいでシュッとして見えた。清潔感のあるボブカットで、耳にはイヤホンをしてて、少しばかり目つきが悪い。だけど育ちの良さってゆうか理知的なのが溢れてんのか、威圧感は全くなくてクールな印象を匂わせてきた。

きゅぅーん。

彼を目にしたその瞬間、私の心臓がそう鳴いた。そしてあろうことか、彼は私のほうを見た。てゆうか私を見た。つーか視線がガチーンって合った。やだ!見られてる!けど私は固まっちゃって視線が離せない。心臓が五秒ほど収縮したまま動かなくなっちゃってきゅぅいーん!きゅいんきゅいんきゅいーん!って恋の確変に入ったのだ。その間1ミリも彼から視線が離せなかった。もう釘付け。もう彼の虜。いっそ下僕にされた感覚。一目惚れマジやばい死にそう死にそう。私の心臓、早く再起動しろっての!って私は全力を振り絞って頭を垂れて彼を視線から外すことに成功した。やっべー、死ぬとこだったー、って心臓が五秒ぶりぐらいに活動を再開してくれてバクバク脈打ってくれて、呼吸もできた。どうやら呼吸することも忘れていたらしく、ハアハアと荒く必死に酸素を取り込む。やだやだ恥ずかしいよ!電車の中でハアハア言うの恥ずかしいよう!さっきの彼に変に見られてないかな!変態JK電車内でハアハア言っててワロタwwwとかツイートされてないかな!って考えてたら身体があっつい。もうやだ死にたい!恋って死にたい!!もう二度と彼のこと見れない!もう私、一生顔上げらんない!って思ってたら、

「ちょっと、すいません」

って声をかけられて、顔を上げたらその彼だった。彼はイヤホンを外して私を見ていた。
「......はう。......はぅ。あ......、はうん」私は言葉を失くした。もういっそ殺してほしい。

「そこ、俺の席やから」

「へ」

彼は私の座っている席を指さしていた。テンパって言葉も話せなくなった私だけど、私が彼にとってお邪魔な存在なことは理解できた。そりゃそうだ。自分の指定席に見ず知らずの人が座ってたらどいてほしいよね。私もさっきそれされてチョベリバだったし。完全に私が悪い。

「あ、はい、ごめんなさい」

ようやく言語を取り戻した私は慌てて横にスライドして彼の席を空けてまた俯いた。うわー!私やっちゃったよ!よりによって彼の指定席に座っちゃうなんてどんだけ図々しい奴なんだよって思われちゃってるよ絶対!嫌われちゃったよ!もう死にたい!今日死にた過ぎ!

「あの」

彼がまた声をかけてくる。「はいっ?」と私は今度は顔を上げられない。

「もうちょっとあっちに行ってくれたほうが。こんな空いてんのにピッタリ並んで座りたくないし」

って言われて私は自分の位置を見る。さっき私が座ってた席に彼が座ったとしたらもうそれはただのカップルじゃないかあつかましいわ鼻血が出るわ。

「ごごごめんなさいっ」

って私は謝るが声が裏返ってしまった。慌てて遠くへ離れてそれからの記憶はあまりない。気がつけばもう学校にいて下駄箱の前で体育座りしていて一限目は始まっていた。

午後の授業中にようやく正常な意識を取り戻して、よくよく考えてみたら指定席とかねーし。わかるよ。そこ俺の指定席なのにって思う気持ちもわかるけど、違うし別に誰が座っててもいいはずだしふつうそれをわざわざ指摘しないしどいてもらわないし他の席に座ればいいだけだし別に私の隣の席に座ってくれてもいいし鼻血出るけど!

ってのが頭ん中をぐるぐるぐるぐる。

それが丸一日ずっと続いた。


それが私の初恋。
人生初の一目惚れである。


2

私の自慢すべき特性は寝れば嫌なことなど全て忘れてしまえることだ。

一目惚れの次の日の朝から毎日私はバッチリメイクのツヤツヤキューティクルヘヤーに仕上げてあの車両に乗り込んで彼の席の斜向かいの少し離れた席を指定席として毎日毎朝彼の顔を拝んだ。彼の乗り込む駅は私の一つ後で、降りる駅は二つ後(彼の学校の最寄りがそこ)なので、私が降りるまでの20数分は私タイムだ。バレないように彼を何度もチラ見しては体温を上昇させて胸をときめかせる。なんだろうこれ。何が楽しいんだろうと自分でも思う。けど楽しいし嬉しいのだ。ウキウキしちゃうしニヤニヤしちゃうのだ。おそらく彼は私のことなんて全く意識していないだろうけれど、むしろもしかすると「こないだ俺の指定席に図々しくも鎮座していたウザ女」って思われてるかもしんないけどそんなの気にしなーい。そんなん気にもしなーいだって私ちょーポジティブだもん。どう思われていたっていいんだもん。もし彼が私のことを嫌いだとしても、もう私に気がなくなっていたとしても(※注、もともと気はない)、私が彼を好きなのだ。好きが止まんないのだ。だからしかたなくて、もどかしくもとめどなくて、私が勝手に好きなだけだしそれでいいしそれだけで十分に幸せで、ひっそりこっそり一人で想っているだけなら罪もないでしょう?ああ、なんて切なくもいじらしくもけなげな私。私のこの一目惚れで始まった小さな小さな初恋は、誰にも知られることなく、私のこの胸の中でひそんだまま、いつかひっそりと終わりを遂げるのだろう。そして、やがて私はこの恋を終わらせて他の誰かを好きになるのだろう。その人と愛し合って愛を育んで愛を誓って一生を共に過ごすのだろう。だけど一つだけ確かなことがある。それでも私はこの一目惚れの初恋を忘れないのだろう。だって、この今のこの胸のときめきが、私に人に恋をする喜びを教えてくれたのだから。

とか西野カナ風ポエム生産ごっこはこのへんで終わらせよう。そんなん、一週間で飽きた。人に恋する喜び?片想いで十分幸せ?ひっそりと想うだけなら罪はない?は?くたばれや。反吐が出るわ。世の中の馬鹿共に真実ってのを教えてあげよう。恋愛ってのはぶつかり稽古なのだ。恋心ってのは奪い取るもんなのだ。奪ってやる。根こそぎ奪い尽くしてやる。奴(一目惚れの相手)のハートを鷲掴みしてロマンティックが止まらなくしてくれるわ。わはは。

そう決意した私。今日の髪型は清楚風を装ってポニーテールにしてみました。だって男子って結局ポニーテールが大好きだし。ポニーテールに目がないし。ポニーテールの女の子を四つんばい(お馬さんのカッコ)にさせて後ろから突いてそのポニーテールがまさにお馬さんの尻尾のように激しく揺れるのを上から見下ろすのが大大大好きなのだから。それが男の子なのだから。そんなことばっか考えてるじゃじゃ馬な私は完全に猫をかぶり清楚系女子になりきり清楚系女子っぽく電車の中で文庫本なんか開いてみたりする。しかも彼の向かいの席で。いつもは少し離れた斜向かいに座っている私が目の前の席で清楚系文学少女よろしく清楚にそしておしとやかに文庫本に視線を落としている様に、彼は幾度か私に視線を向けていた。ふふふ。気付いているよ。文庫本に集中しているように見せかけてアンテナはあんたにビンビン張り巡らしてるんだからね!そりゃあ気になるでしょう。そりゃあ気になることでしょうよ。こんな清楚系文学超絶美少女が目の前でポニーテールだったら気にせずにはいられないことでしょうよ!

あ、どうせならメガネもかけてきたらよかった。赤系の。知性を漂わせながらもどこか色気も孕ませるようなそんな赤いメガネを......とか後悔していると私が降りるべき駅を通り過ぎた。そんでそのまま電車に乗ってて二つ後の駅に着いて目の前の彼が腰を上げて電車から降りてそれについて行く私。ふふふ。清楚系文学超絶美少女ストーカーの爆誕。ではなく、彼がホームの階段を降りる前に私は彼を呼び止める。

「あの、ちょっと、すいません」かわいい声で。大人しめの、勇気を振り絞った感満載の声で。んで彼が振り返ってイヤホンを外して私を見る。クールな視線がたまんない。「あの、えっと、私、いつも同じ電車に乗ってて......」「知ってる。一週間くらい前、俺の席に座ってた人でしょ」「あっ、はいっ。......その節は、すいませんでした」「いいよ別に」って言って歩き出そうとする彼。いやいや、話まだだから。「やっ、それで、私、あのですね、あなたのこと、一目惚れしちゃって」どうだ西野カナ世代よ。告白とはこうするものなのだ。LINEでもTwitterでもなく面前で。恥じらいながらも的確に。それが男の子のツボなのだ。ほら彼も面喰らって少し戸惑っている。そしてゆっくり口を開く。「あ......そう......ごめん、訂正するわ。あんた、一週間くらい前、俺の指定席に図々しくも鎮座してた空気の読まれへんウザ女やろ?」

一瞬時が止まったかと思った。

「は?」「なんかハアハア鼻息荒くしてさ。何ぶち込んで電車に乗って楽しんでんのか知らんけどさ、人の指定席でそういう変態プレイすんの、やめたほうがいいと思うで。あと、人から声かけられて、はう、はう、はうん、って訳のわからんキモい返事すんのもやめたほうがいいし。そんで、人が降りる駅まで着いてくんなやストーカーか怖いねん告白なんかされても受け入れる訳ないやん察せや空気読めよ」「清楚パンチ!」

なんだこのサイコ野郎。

思わず手が出ちゃったよ。

私の清楚パンチは彼の左頬にヒットした。けど彼はたいして動じない。このサイコ野郎め。「痛いな」って私を睨む。私も彼を睨む。「付き合えや!」「え?まだ告白してくるん?マジで?」「今さらあとに引けるわけないやろ!」「告白ってそういうもんちゃうやろ」「恋愛ってそういうもんやねん!あとに引かれへんねん!好きになってんからしゃあないやろ!付き合えや!」「............」彼は黙って私を睨む。私も彼を睨む。が、なんかだんだん悲しくなってきて、泣きそうになってきて、泣いてしまう。

それでも私は彼を睨む。彼は私を睨む視線を逸らし、一旦周りを見てからため息をついた。

「え?なんなんこれ。めっちゃアンフェアやん。ずるない?」「あんたがずるいんやろ!こんだけ人に好きにさせといてそんな言い方ないやろ!」「あんま叫ぶな誤解が生まれるから」って彼は私の手を握る。きゃん。そんで私の手を引いてベンチまで連れてって私を座らせて手が離れて彼も隣に座る。私はもう手を繋いだ嬉しさで涙も止まってたけど、泣きは継続させた。彼は絶望的に肩を落として言う。

「すごいな自分。めっちゃ迷惑やん。スーパーウザ女やな」「泣き喚くぞこら」「え?マジでなんなん?なんで俺のこと好きなん」「一目惚れやん」「それだけでこの仕打ちって、ただの当たり屋やん」「付き合ってーよ」「嫌やけど」「なんでなん」「こんなんやからちゃうん?ウザいめんどい迷惑極まりないやってられへん関わりたくない」「これはあんたのせいやんか。こんなつもりじゃなかったのに。付き合ったらこんなんちゃうやん。付き合ったら私なんかただの清楚系文学超絶美少女やん」「ふふっ」って彼は急に吹き出した。え。なにそれ。不意打ちの笑顔、めちゃんこかわいいぞ。「え?なんで笑ったん?」「いや、別に」「言ってーよ」「いや、さっきセイソパンチっつってたやん。セイソパンチってなんやろって思っててん。あー、清楚パンチね、って。一応ツッコミ入れとこか?自分清楚程遠いで」「またお見舞いしたろか清楚パンチ」「清楚系はパンチせんねん」彼はそう言って笑って背もたれに体を預けて足を組み直した。

あれ?

これってなんか、いい感じじゃね?

3

次の日私は彼の指定席の隣を陣取った。そんで次の駅で彼が乗り込んで来て私はステキな笑顔で彼に手を振る。彼は一瞬だけ眉をひそめたが視線を逸らし私の前を通り過ぎ離れた席に座って足を組んで俯いて自分の世界に入った。ちょいちょいちょい。そういうスカシはいらないからクーデレな奴めー。って私は彼の隣に移動して声をかける。

「おはよー」「朝からウザいねん当たり屋女」って私を見ずに彼は言う。ちょー冷てー!「なんでそんな冷たくすんのん?昨日はあんなにいい感じでバイバイしたやん」「昨日は昨日、今日は今日」「昨日はあんなに優しかったのに!1回寝たらもう次の日には他人扱いなん!?」「おまえわざと誤解招くように言ってるやろ」とようやく彼はイヤホンを外してくれた。「じゃあ冷たくせんとって」「じゃあ普通に喋れ」「今度デートがしたいです」「無理」「電車のこの時間だけしか会われへんとやいややもん。もっと会いたいもっと一緒にいたい」「無理」「そんなんやったら付き合ってるって言わんやん。付き合ってる意味なくない?」「付き合うって言ってないやん。付き合うわけないやんとは言ったけど」「がびーん」「そういうのウザいで」「そんなに私のこと嫌いなん?」「嫌いやで」「なんで?」「ウザいから」「ウザくなくなったら好きになる?」「ウザくなくなったら嫌いじゃなくなる」「どうしたらウザくない?」「黙って本読んどけやエセ文学少女」「清楚系文学超絶美少女な」

って訂正を入れて私は諦めて大人しく文庫本を開く。ちくそう。なかなか上手くいかないもんだな。まあたしかに電車ん中でゴチャゴチャイチャイチャすんのは私も嫌だし。でもこっからどうすりゃいいんだろ。やっぱデートはいるだろ。デートしないと進展しない。んー。でもこいつ、押したら押したぶんだけ引きやがるからなー。難しい奴やでほんまー。でもなー、なんか感触的には悪くないと思うんだけどなー。そんなに嫌われてる感ないんだけどなー。って思って彼をちらりと見る。何もしてない。イヤホンで何か聴いてるけど、表情がいつもよりほんの少しだけ柔らかいような気がする。えっ、かっこいい。近くで見るとよりステキ。てゆーかよく考えたらふつうに隣に座ることは許してくれてんじゃん。なんだよこいつほんとは私のこと嫌いじゃないんじゃね?えー、やばーい、照れるー。ってなんだか恥ずかしくなってきたので私は文庫本に集中することにした。え、なんだろうこの感じ。すごくよくないかこの感じ。電車で一緒に登校して隣同士に座ってガタンゴトン。イチャつくでもなくただただ同じ時間を過ごす、ってほんとはとてもステキなことじゃないか?これって傍から見たらすんげー理想的なカップルなんじゃないか?ってんなこと考えてたらなんかもう恥ずかしいよ!ってなってなんか顔が熱くなってきて少し目が潤んできた。やばいやばい恥ずかしい。なんかときめき止まんない。どうしよ苦しい助けてよーって私はこっそりゆっくり彼との距離を詰める。文庫本を持つ私の肘とポケットに手を突っ込んでいる彼の腕とが触れたけど、彼は無視だった。つまり逃げなかった。触れたまま、そのまま。私はきゅん。なんか泣きそうにすらなってきたので私は肘を動かし彼をつつく。彼はやっとこっちを見て、少し驚いたような顔をしてから困ったように口元をゆるめ、さっきより少し深く座り直した。それに乗じて私は彼との距離をさらに詰めた。私の腕と彼の腕が触れる距離になった。周りにバレないように少しだけ体重を預けてみる。彼は動かなかった。びっくりする。預けた体重といっしょに持っていかれたのか苦しさもなくなってしまった。とても幸せな心地だ。これは困ったことだ。私は私で思っていたよりも深刻に、彼のことを好きらしい。こんなクーデレサイコ野郎なのに。とても難しいしとても困ったことのはずなのに、最高に幸せなことな気がして止まないのだ。


4

てゆーかLINE交換してやりとりしたら早いんじゃね?って何度も思った。学校にいるときとか夜寝る前とか、明日も彼の隣に座るってことを考えるとニヤニヤニチャニチャ笑みが溢れてもどかしくなる気持ちを彼に伝えたいけど私はそれを我慢してLINEの交換の話は持ち出していない。それはなんか違う気がする。私は彼と付き合いたいけどなんかそれは違うのだ。だって、別にやりとりしなくても彼に会えるし彼の隣に座れるしそれが嬉しすぎて幸せ過ぎてそんときに会話を交わすことすらもったいないとすら思うのだ。どうせ私なんか口を開けば調子に乗ってウザいことしか言っちゃわないし彼はそれを嫌がるし私だってそんなのは嫌なのだ。彼の隣にいると自分が冗談ではなくほんとに清楚系になれてる気がしてくるのだ。それがとても心地よいのだ。彼の隣はとても幸せなのだ。

でもだからって会話もないんじゃこっから先に進めないんだって!なんつったって私、彼の名前すら知らねーし!

「ねえ」と私は彼に声をかけた。彼はふつうにイヤホンを外して「なに?」と応える。「今度デートしようよう。お願い」二週間ぶりのデートのお誘いである。彼はふつうに答える。「いいよ」超予想外の返事。「え?いいの?」「いいよ」「え?なんで?」「なんなん?断って欲しかったん?」「欲しくないけど!断られたら泣いてたけど!いいの?」「いいよって」「なんで?」「最近ウザくないし」って彼は私を見て微笑む。えー!なにこいつちょー天使じゃん!神様、私、もうウザくならない!私もう一生清楚系で生きてく!

そんで次の土曜にデートの約束をして待ち合わせはいつも通り電車の中になった。時間は昼前からだけど、休みの日に神戸へデートなのだ。こんなに楽しみな日は他にないぜ!って私はめいっぱいおめかしして精一杯清楚系になった。インナーは白にしてお気に入りのスカートにした。ただスカートが膝上で初デートにしてはちょっと気合い入れすぎって引かれてもアレなのでロングブーツで露出を抑えた。ブーツとアウターを秋色にするとただの清楚系文学超絶美少女が完成したので髪型はおだんごにしてみた。赤系のメガネは合わなかったのでやめておいた。

さて彼が乗り込んでくる駅に着いた。プシューってドアが開いて彼が乗り込んでくる。

おそらく彼だった。

信じたくはないけど彼だった。

彼はデニムにTシャツという激ラフな格好で降臨した。

それだけならまだ許す。もちろんそれぐらいなら全然許しますとも。しかし、その黒のTシャツの胸元に堂々と書かれた「幸福洗脳」の文字は許せない。初デートでのそのTシャツのチョイスの許しかたを私は知らない。てゆーかそんなTシャツの存在すら許せない。つーかそんな四字熟語存在しないしてはいけない。なんだそのTシャツ!怖いよ!そんなん着てる奴近づきたくないよ!サイコだよ!超絶サイコだよ!

って一瞬で頭ん中がぐるぐるんなって思い出す。ああ、最近の天使っぷりで忘れてたけど、こいつもともとサイコ野郎だったっけ。電車で「そこ俺の席だからどいて」とか言える奴だし、告白されて「キモいウザいストーカー空気読め」とか言えちゃう奴だった。

ほんとは天使なのに。

最近は超絶天使だったのに。

「おはよう」はじめて彼から挨拶をしてくれた。それが今日じゃなかったらどんなに嬉しいことだっただろうか。今日その初めての挨拶をかけてきてくれたことがとてつもない嫌がらせにしか感じられない。「......おはようちゃうから」私は怒りを堪えながら声を絞り出して恐る恐る彼に近付いて、俯きながら彼のそのTシャツの胸元にある憎き四文字を握り潰す。隠すために。周囲の視線から逃れるために。「ちょ、ちょっと......恥ずかしいって......電車ん中やから」恥ずかしいのはおまえだ。おまえの胸元の幸福洗脳だ。何勘違いしてんだこの幸福野郎。

神戸に着いてからはまず説教だ。別に帰ってもよかったのだ私は。これは帰ってもいい案件なのだ。もはや事件だ。初デートで幸福洗脳Tシャツを着てくるなんて。でも私は彼が好きなのだ。だからTシャツさえ脱ぎ捨ててくれればもう上半身裸のほうがマシだとすら思える。このTシャツを今すぐ脱ぎ捨てて燃やした灰を神社で供養してもらってからバミューダトライアングルの海に撒いてこの地球からこの世から存在を抹消しなければならない。それなのに彼はTシャツを脱ぎ捨てて燃やすことを拒んだ。なんでと聞くとこのTシャツは一万円したのだと言う。私はさらに怖くなる。そのTシャツの存在も、それを買った彼も。私は彼に三万円渡してでもTシャツを脱いでほしいというのに。それでも彼は嫌だという。なんだそのTシャツは呪いでもかけられてんのか。教会に行かないと脱ぐことができないのか。三万円も渡せば女子高生だって脱がせることができるだろうに。

「とりあえずマジで着替えようマジで。燃やさんでいいから。服買ってあげるから。好きなの選んでいいから。そのTシャツでさえなければそれだけで全てが解決するからマジで。それだけで平和な一日が戻ってきてこの世の全ての人々が幸せになれるからマジで」私は懇願した。これだけ言っても通じなかったら女子高生史上初繁華街路上公開土下座に挑む覚悟すらあったが彼はようやく要求に応じてくれた。とにかく最寄りのショップで替えを買ってカフェに行ってまた説教。「信じられへん。私こんだけいろいろ考えておしゃれして来てるねんで?」「うん、かわいいやんその格好」嬉しいけど嬉しくねーよあんなTシャツで神戸歩けるやつに褒められても。「マジでその呪いのTシャツはもう二度と着るのやめて。お願い。好きやから。私を嫌いにさせんとって」「なんで?かっこいいやんこれ」と言って彼はさっきの店で着替えてTシャツを入れてもらった袋からTシャツを出そうとした。呪いのTシャツを。殺すぞ。「やめてここで出さんといて」「ちゃうねん聞いてや。このTシャツな、ラジオでさ」「ラジオ?」「うん、ラジオ」「ラジオって、あのラジオ?テレビの映像ないやつ?」「ラジオとテレビは別もんやで」「ラジオって今でもやってんの?あんなん戦時中だけやろやってたん」「今でもバリバリやってるわ。俺いつも聴いてるやん」「あーかーいーりんーごーにーくちびーるよーせーてーってやつやろ?」「想像してるラジオが古すぎるねん」「ポケベルのサービスも終了したこの時代に?Windows7のサポートも終わったこの時代に?令和になって若者のテレビ離れが叫ばれてるこの時代に?」「やってるって。なんやったら今ラジオめちゃくちゃアツいから。そんでちょっと前オリラジのあっちゃんがラジオやっててさ。そのラジオの企画っつーか、挑戦っつーか、実験みたいな感じでTシャツ作って販売しててん」「で、それ買ったん?一万円出して?アホちゃう」「アホとかじゃないねんて。アツさやから」「ほんまに洗脳やん。ラジオの電波で頭デンパなってんちゃうん。そんなんマジでいらんもん。マジで憎いもんそのTシャツ。そのラジオすら憎い」「1回聴いてみーや。おもろいで、ラジオ」「聴かんわ」

そんなこんなで一週間後の二回目のデートの日。私は購入したての幸福洗脳Tシャツを着て電車に乗り、幸福洗脳Tシャツを着た彼と合流した。ペアルックなんて初めてなのでちょっぴり恥ずかしいけれど、カップルだったらふつうだしね。幸福洗脳Tシャツと出会ってから私の人生は一変したのだ。幸福洗脳Tシャツを着ていると信号にあまり引っかからなくなったし、蚊に刺されやすい体質だったのがあまり刺されなくなったし、ししとうの辛いやつに当たる確率もけっこう減った。どれもこれも幸福洗脳Tシャツのおかげなのだ。幸福洗脳万歳ナリ。もけけ、もけけ、もけもけけ。もけもけももけ、もけもっけもっけもっけもっけもけ。もけもけもっけもコウフクセンノウ。




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